次は戦場で会いましょう

かんがえたことを書き記す。

この先、選んだ道を

本当は最後に書きたい話だったのですが、今書かないと忘れてしまうと思ったので書きます。この記事は、きっとわたしが全部を書き切った後に読むと、生きてくると思います。

片隅に、忘れない記憶。まだ覚えているうちに。

 

某日。午後、仕事に煮詰まってきたタイミングでした。横で新人達が別作業をする中で、唸りを上げながらパソコンに向き合うわたし。

「なに、もう目が疲れてんじゃん」

「そうですかね」

あまりにもへとへと過ぎて、上司さんの言葉に素っ気なく返したと記憶しています。すると。

「ひおりちゃん、ちょっとお茶でもしに行くか」

「……へ??」

お茶???今業務時間中なのですが……。

「何にも持っていかなくて良いから」

「いえあの、でも」

「良いんだよ昨日Aの面接の時だって帰りにお茶して帰ったし!なあ!?」

後輩のAくんが、弾ける笑顔で「そうっすね!」と答える。じゃあ、これ、良いのか……な?

「わ、わかりました」

わたしは慌ててパソコンをスリープ状態にすると、留守を後輩達に任せて、上司さんと外に出ました。

身長差がえげつない上司さんの歩幅に、わたしは小走りでついて行きます。

「あの、業務時間中なんですけど、良いんですか……?あと、奢りになりますけど」

「良いんだよ責任者は俺なんだから。責任者に全部任せておけば良いし、珍しく甘えても良いっつってんだから甘えろっての。そこの喫茶店で良い?」

「は、はい」

肩身の狭い思いをしつつ、上司さんとわたしは喫茶店に入りました。

茶店の中には、午後のひと時を過ごすおばちゃんや女子大生らしき人で溢れていました。ふたりで入ったわたし達は、奥の二人席に通されます。いつもの様子で座る上司さんと、縮こまって座るわたし。

「そんなに萎縮するなよ、こういうの俺前職だと結構あったから」

「え?そ、そうなんですか」

「気分転換にってお茶に出掛けてたよ。発想の勝負の職場だしな」

それを聞いて、わたしは少しだけリラックスしました。それも少しだけでしたが。

「ひおりちゃんに大事な話があってさ」

「だ……!?だいじ、な、はなし、ですか」

なんだ。解雇か。そういう話か。何かサボっていたか。

ふたりで呼び出されるという行為に、わたしは病んだ時のトラウマがありました。「勤務態度が良くない」「もうこれ以上続けられない」と言われないかと、喉が緊張で動きません。

「まあそれは後で。何でも好きな物頼んでいいよ」

「じゃあブレンドティーで……」

「別にデザートも頼んでいいよ」

「え。じゃあ、パンケーキも……」

と、上司さんも決まったところで、メニューを頼みます。

「わたしパンケーキのセットで。飲み物がブレンドで……」

「ひおりちゃんコーヒー飲まないでしょ?」

「え?アッッす、すみませんブレンドティーです、ティーの方です、ミルクで」

めちゃくちゃ慌ただしく注文を済ませると、これ以上なく呆れた顔で上司さんがわたしを見ていました。言わんとしてる事がすぐに分かります。

「鈍くせえ頼み方…………いつも鈍くせえけどまた鈍くせえ……」

「んぐ、し、仕方ないじゃないですか」

「本当そんなんで大丈夫か?重要な話って聞いたらガチゴチになってるし」

「うっ……その、重要な話ってなんですか」

詳しくは割愛しますが、重要な話というのは、今いる会社からまた離れてお仕事をする事でした。それをやりたいか否か、本人の意思を聞きたいと。

説明を受けているうちに、パンケーキと紅茶も運ばれてきました。

「どう?ひおりちゃんやる?返事はそのパンケーキ食べ終わるまで待つから」

「…………」

多分、前までの自分だったら、病んだ時のように行って失敗したらどうしようと怯えていました。腹痛を訴えて帰っていたかもしれません。

それでも、すぐに返事をして良いものかと、頷きかねる自分がいます。今この瞬間悩んでいたってしょうがないのに。引き伸ばしたところで不安が積もるしかないのに。

それでも迷いはありました。不安もあります。けれど、前よりもずっと軽いですし、「しょうがないよな」という気持ちも生まれていました。

「やめる?これ以上引き伸ばしたってさらに不安しか浮かばないぜ?」

「いえ、やりたいと思ってます。今同じことを考えていました。これ以上考えても不安になるだけです。一歩を踏み出していかないと……」

「へえ、そうなの。重要な話って解雇されるとでも思ってた?」

「…………はい」

んなわけねーだろと言われたか、鼻で笑われたか、どっちの反応だったかは忘れましたが、どっちかだったと思います。

「3月だったら考えてたけどな」

「えっ、3月に考えてたんですか!?」

「当たり前じゃん!あーもうこれは無理だね、終わりだね、もう辞めるか、って言うところだったよ」

3月。会社を辞めるタイミングがあるならば今だと悩んでいた時期です。今よりも自分を追い詰めて、一度早退までしました。(詳しくは後々に書きます)

「それでもさ、ここまで何とかしてどうにかして頑張ってきたじゃん」

「はい。何とかしてどうにかしてきましたよ、文字通り這いつくばりもしましたし!」

「何じゃそりゃ。で、この先も結局、どうにかして何とかしていくしかないのよ。それは自分の手でしか選べないし、自分で選んだことしかどうにか出来ない」

「……はい。そうですね」

「だから、そこまでプレッシャーは感じなくても良いよって話。良いよ失敗したってまたこっちに戻ってこれば良いんだから……って、俺がいるうちはいくらでも言えるんだけどな」

上司さんの言葉が濁りました。

と言うのも、上司さんは近々別の場所に異動になったからです。また新しい上司さんが来て、半年以上、病んでからの激闘の日々は、一旦終わりを告げることになります。

お茶に呼び出されたのもそのためだと、なんとなく分かっていました。

「ひおりちゃんは前から言ってるけど鈍感力をつけないとな」

「鈍感力ですか」

「そう。周りに気を遣ってばっかで疲れるだろ。一番知ってるのは本人だろうけど、周りの事に集中していないように見えるんだよ」

昔から、いわゆるビビりだった好母ひおりは、小さな物音にもビックリする質でした。周りからサボっていると思われていた前の職場。確かにその要因もあったかもしれません。

「世の中理不尽だからさ、無言でパソコンに向き合ってるように見えて遊んでる奴の方が、見た目よっぽど仕事してるように見える訳よ。そういうセコい奴がいっぱいいる。なんであんな奴がってジジイが偉い立ち位置に就いてる事もあるだろ?」

「あんまり具体的には想像出来ないですけど……そうなんですね」

「そうなの。もちろん努力しなかったとは言わねえよ?でもこっちの方が実力はあるのになんで、って事もある。プレッシャーを感じ過ぎないようにっていうのはそういう意味もあるからな」

セコい奴。セコい生き方。

自分にはあまり、考えられないものでした。多分、そのセコいやり方というものの方が頭が良いんだろうと、分かってはいましたけど。それでも出来ないなと、自分の中の何かが確信を持っていました。

話は、会社にいる人達の話に変わります。わたしのいる会社はとても小さく、あまり荒波を立てないような人が多いです。

「ここに来た時、どいつもこいつも負け犬の目をしてんなあと思ったね」

「負け犬……?ですか……?」

「外に出ずに、地元の湾で船を出して満足してるような奴らばっかなのよ。そっちの方が傷は付かずに済むかもしれないけど、それで給料が少ないだの愚痴愚痴言ってるような奴らばっか」

なんだか上司さんの不満を聞く側に立ってしまったような気がしますが、気になるのでそのまま耳を傾けます。

「道はふたつしかないわけよ。船が木っ端微塵になるかもしれないけど外の世界に出るか、被害は最小限かもしれないけど内に留まるか。選ぶのは本人の自由だけど、それで文句を言うなって話。選択したのは自分なんだから」

「最小限の方が、リスクは少なくて頭が良いような感じはしますけど」

「まあね、そこは間違ってないよ。そっちの方が自分のためには良いだろうし」

話を聞きながら、上司さんは下手したら木っ端微塵になる方を選ぶのだろうなあと思っていました。

上司さんは多分、現代に生きる人々から見たら、いわゆる「意識高い系」の人だと感じます。けれど、取り組む理由も、怒る理由も、何の話をしていても、全部の言葉に説得力がありました。わたしのブログでは伝えきれないところがあると思いますが、そういう人でした。

「それで俺は、ここに来て、まずフロアと規模を大きくしようと思った。せっかく人間は優秀なのが揃ってんだから勿体無いと思って」

「まあ、こんな手間のかかる娘もいましたけど……」

「だからってそのまま見捨てるわけにはいかねえだろ。昔だったらやる気あるの?出来ないなら帰っていいよって言ってたけど、まあそのへんは変わったのかな」

「何か思うところがあったんですか?」

「さあ。けど、優秀な人間だけ拾って残りを切り捨ててたら、もう何にもならないだろ。会社として成長しないし、それが責任者の仕事だし。負け犬の目をしていようとなんだろうと出来るところまでは育成しないと」

そこから先は本人の努力次第だけどな、と上司さんは付け足しました。自分を見捨てなかったことに感謝をしつつ、人間の仕事を管理する仕事、の難しさについても触れたような気がしました。

話は再び変わり、今会社にいる後輩達の話になります。

「Bとか物わかりが良いのは分かるんだけど、ビビりだからなあ」

「ああ、はい、余裕がなくなるところがあるのは分かります。結構不安になっちゃいがちですよね、本人的にはいつも精一杯話してる感じなんだとは思いますけど」

「キャパオーバーした時とかすぐに分かるだろ?顔変わるから」

「そうですね。そのあたりはAくんとかの方が肝が座っています」

「その辺を見極めながら話してるんだけどなぁ。物わかり良すぎるのも逆に心配するけど……」

思わぬ盛り上がりを見せ、ふと。

「ひおりちゃんと俺って、感性の絶対値は同じくらいかもしれないけど真逆なんだよなあ」

「あー……それは確かに」

何気ない感性的な議論を何回か交わしたことはありますが、上司さんとは意見は合わないけれど議論の波長は合うようなことがしばしばありました。

例えばAくんの事を上司さんは毎回えんえんとチャラ男と言っていますが、わたしにはちょっと軽いところもあるけれど根はまっすぐな子くらいに見えます。多分核としてのAくんは同じように見えているのだと思いますが、それを受けての感じ方が違うのです。

「見えてるものは一緒なのに感じ方が違うっていうのも面白いですよね」

「面白いか?まあ俺がひおりちゃんと一緒だったら絶対嫌だし気持ち悪いから良いけど」

「そこまで言わなくても良いじゃないですか!?」

「俺が一緒になってたら嫌だろ!?」

「嫌ですけど(嫌ですけど)」

ここまで話して、これだけ話し合える上司さんと「一緒が嫌」っていう感覚もまた独特だなと。

同じことを「それわかる」と共感して喜ぶのではなく、違うことを話し合って、お互いに納得する。「そちらの言い分もわかりますけどそれだとダメですよね」という展開も何回かありました。ちゃんと反論出来たことは数えるほどしかありませんが。

上司さんは、わたしの言うことに対して、「そうだよね、わかるわかる」と言った事は、この半年以上の間でおそらく片手で足りるくらいしかありませんでした。お世話になっておいてなんですが、優しい人だと思ったことはありません。ただ、尊敬出来る人と思ったことは数え切れません。

言われたことを「そうですね」と流すのも良い生き方なのかもしれない。時と場合によっては、そうしないといけない時もある。というか、多分そっちの方が疲れなくて賢い選択なんだろうなあと、最近になってしみじみ思います。

 

けれど、それで流されて病んでしまったのが去年の話です。いつも言い合わなくてはとは言いませんが、いわゆる事なかれ主義のようになると、あまりにも譲り過ぎて行き場を失ってしまう。わたしはそんな人間なのです。あまりにも不器用で、あまりにも幼い。

その自分の欠点を、こういう人間だという視点を、この半年以上で受け入れてきました。

人と違うことが悪い事だとは思わない、と思うようにしました。自分が納得出来る道を進むことが出来れば、苦しむ事はあれど、不安はなくなる。そういうメリットがあるのだと考えつつ。

自分が選択した道に後悔はしたくありません。これも仕方がないと諦めるのではなく、やれるだけやってみようと前向きな気持ちを向けたいと今は思っています。

……我ながら、猪突猛進と言いますか、スポ根のような考え方になったなーと。けれど、自分にはこっちの方がしょうに合ってるし、気合いだけでどうにかなるとは思ってません。

どうしても噛み合わない時も、冷静に見て諦めないといけない時もある。目の前だけを見て、突き進むだけではいけない、ということも、忘れないようにしないとなと。

「じゃ、そろそろ出るか」

「はいっ」

時間にして1時間半、気が付けば話し合っていました。だいたいわたしの食べるスピードが遅かったせいですが、パンケーキと紅茶を完食して、外に出ました。

本当に合わないと思った時、これ以上前に進めなくなった時は、この会社からお暇させてもらう予定ではあります。

しかし、それでも、上司さんの下で教えて貰った色んなことは、これからも心に残り続けるのだろうなと思います。これからの人生、明日死ぬかもしれないけれど、明日生きることになるかもしれない日々を、一生懸命生きていきたい。

とりあえずこの記事は、ここで終わりにします。既にこのブログを立ち上げた最後に書きたかったことはほぼ書けましたが、まだまだ備忘録として残しておきたいことはあるので、もうちょっとだけ更新していきます。