次は戦場で会いましょう

病み備忘録 最初に「はじめに」お読みください

引き返せなくなった日

前回までのあらすじ

出勤ガチャ失敗

 

さて、その翌日から、まさに戦いが始まりました。

電車との戦い。会社にいるという重圧そのものとの戦い。

信じられないかもしれませんが、本当に1時間その場にいるだけで倒れそうだったので、気を紛らわそうとPCも触るのも、本を見ることも出来ませんでした。

うちの会社は小さいのでビルのフロア一部を借りて、仕切りの向こうは違う会社の人が働いている状態なのですが、少しでも仕切りの向こうから物音があると精神がすり減る感覚がありました。

誰かが向こうにいて、自分を監視している。

少しでも何か行動を起こせば非難の目を向けられる。

人からの目が完全にトラウマになってしまい、そんな思い込みが心に住み着き、空間にいること自体がひたすら苦痛になっていました。

…………実は精神科の先生に、復職してからこのあたりの話はしていません。仕事を辞めることを薦められると思ったからです。もし話していたらまた何か違ったかもしれません。

 

出来る事と言えば、椅子に座って、手が勝手に自傷を起こさないようにするだけです。この時のわたしは負荷がかかると勝手に首や腕に爪を立てそうになっていたので(これでも腕を噛まないだけマシになってました)、上司さんから「爪立てるならこれ使え」と握力を鍛えるトレーニング道具を渡されていました。硬くてきちんと扱えませんでしたが、力のやり場を逃がすだけでも充分な効果がありました。

 

さて、出勤二日目か三日目か、それくらいの時期だったと思います。

この時、ひとつの大きな事件がありました。今でも上司さんとの間で「いや〜あれはすごかった」と蒸し返す程の事です。

 

「じゃあ、まずはそこのホワイトボードに目標でも書いてみるか」

上司さんの口ぶりは、手始めに、とでも言うようなそれでした。

会社には大きなホワイトボードがあり、いつもは上司さんとわたししか会社にいないので、ほとんど使われていません。そこに「目標」を書くのが、まずは一つ目の、好母ひおりにとっての仕事でした。

「目標……まずは毎日会社に来ること、ですかね……」

流石に何日も無口でいるわけにはいかなかったので、弱々しくはありましたが、少しずつ話せるようになっていました。

「後は毎日1時間ずつ居る時間を増やすとかで良いんじゃない?まずは」

わりと軽い口調で上司さんが言いました。この時、わたしの中で出来るかどうかの不安が渦を巻いていましたが、現状維持ばかりではいけないとその二つをホワイトボードに書くことになりました。

わたしは背が低いので、椅子に乗ってボードに目標を書いていきます。

……書きながら、あらゆる思いが胸の内側から沸き上がってきました。

(毎日会社に来ることが目標なんて情けない。数ヶ月前までは会社に来て仕事をするまで出来ていたのに。八時間労働なんて何も考えなくても出来たのに。こんな1時間ずつ伸ばしていくのがやっとだなんて。今の自分はたったこれだけの事しかできないのか。これだけしか、これだけの事しか)

悲しみと言うよりも絶望でした。今の自分にはそれだけの事しか出来ないのかという絶望。息を切らしながら書いていると、上司さんが席から声をかけます。

「あ、目標の下にちゃんと名前も書いてね」

「……か、書かないとダメですか?」

「ダメ」

言い切る上司さんが、その時のわたしにはとても厳しく見えました。時折他の人が会社に帰ってくるので、この目標が見られることになってしまう。

恥ずべき事だ、とわたしは自分で思っていました。こんな事しか出来ないということを大きく打ち立てて、他の人に見られるのが恥ずかしい。こんな事しか出来ない自分が恥ずかしくて仕方がない。耐え切れない恥辱だと。

「なんかそうやってると小学校の罰みたいだな」

何気なく零した上司さんの言葉でしたが、わたしはこれで完全に思考が「落ちて」しまいました。

罰。これだけのことしか出来ない自分への、これは罰なのだと。

最後の最後まで、わたしはその目標に自分の名前を添えるのを渋っていました。数十分かかったと記憶しています。名前を書いた瞬間、それまで保っていた自分がすべて打ち砕かれました。

何も考えられなくなり、椅子に蹲りました。もう罰も恥ずかしさもどこかに行ってしまい、完全に切れてしまいました。話す気力も顔を上げる気力もない。俯くだけの人形と化していました。

「ひおりちゃん、あー……帰れる?」

わたしは首を横に振りました。駅まで行ける気がしない。五分も歩ける気がしませんでした。

「……じゃあちょっと待って、メール書いたらタクシーで送るから」

おそらくそれから30分ほど上司さんを待っていましたが、本当に「何も考えられない」状態でした。

体力が切れてしまったのもそうですが、頭がまっさらになり、完全に身体が停止した状態です。自分が生きていられてるのかも定かではありませんでした。

「そこまでは歩ける?おぶる?」

どうにかビルの外までは歩けそうだったので、歩く方を選択しました。

こうして、昼前の一時、わたしは上司さんにタクシーで家まで送ってもらいました。時間にして1時間程だったと思います。

タクシーから降りる頃にはほんの少しだけ回復していたので、なんとか玄関まで自分の足で歩けました。また明日、と交わして、わたしは帰りました。

 

これが今も定期的に話に出るタクシー事件の真相です。

翌日、会社に行くと、上司さんはこう語りました。

「もう一回タクシーになったら次はないからな。お前も俺も揃って辞めますって会社に辞表を出すぞ」

「?……なんで上司さんも辞めるんですか?」

タクシー行きになったのは自分なので、上司さんが悪いわけではないんじゃ?とわたしは思いました。

「そりゃそうだろ、責任はこっちにあるんだから。まああれだな、一心同体じゃないけど、縄を首にかけた者同士って事で……」

つまり、こちらの体調の悪さはそのまま上司さんの首に繋がると。

これにはわたしも驚きました。前の客先では、わたしがサボってる件で死にそうになっていてもそんな事は一言も言ってくれませんでした。

ちなみに、上司さんは、社員を管理する立場に就いたのはこれが初めてだったそうです。基本的に技術職だったので、こんな手間のかかる娘の相手をするのも初めてだと。

そういうことで上司さんと死線を共同する事になり、わたしの仕事復帰への道は、まだまだ始まったばかりです。