次は戦場で会いましょう

かんがえたことを書き記す。

ふかく、「職」を考えたはなし

フォロワーさんならご存じかと思うのですが、この一ヶ月くらい、ツイッターをほぼ留守にしていました。プロフィールからツイートを遡ろうとすると、すぐに一週間前のツイートが出てくるほどです。今まで一日に何十のツイートをしてたのが嘘のように。

「リアルで色々とあった」とは確かツイッターで言いました。詳しくは言いませんでした。
仕事の話も少ししました。わりと、それです。でももうひとつあります。


今日は色々とリアルのことを考えた結果の備忘録です。そして、好きなものがひとつ増えました、というはなしです。


さて、焦らしても仕方ないのでまずあった事を話しますと、約一ヶ月前、好母ひおりの人生で初めて彼氏さんができました。
年上で、ITの企業に勤めています。身バレが怖いので度々フェイクをいれますが、とりあえず名前を聞けば分かるくらい大きい企業です。
二人で居るときは穏やかで優しく、気配りが出来る人ですが、男社会の勤め先だとあんまりにもおっとりしているので尻に敷かれるタイプみたいです。以前他の人に印象を聞いたら「うーん、ちょっとぽんこつかな……」と返ってきました。
確かにシャイで控えめなところがあって、わたしは告白を受けた側ですが、その告白まで5分以上無言の時間がありました。いつも大体わたしがおしゃべりしているのを、そうなんだね〜と相槌を打っている感じです。自分のことを話すのは苦手らしく、その辺りは正反対だなと感じます。


本題は、そんな彼と仕事の話をしましたという話です。


某日、彼氏さんと夕飯を食べに行きました。オムライスがおいしいと聞かされて訪れたお店。店内に響くジャズのBGMが彼氏さんの小さい声をかき消そうとしつつ、空間を演出しています。お洒落なログハウスのような雰囲気がありました。男性の店員さんもシックな黒いエプロンを着ています。
クラフト紙とも違う薄いコルクにマジックで書かれたメニューをめくり、目当てのオムライスを注文。L字に配置された席は机の小ささも相まって、横に座るよりお互いが近く感じました。
店を見渡しながらわたしが感想を言っていると、彼氏さんがぽつりと。


「転職って、時間が空いても出来るのかな」


BGMの大きさで一瞬聞き間違えたかと思ったのですが、「辞めたら……」と話が続いたのを聞いて、間違いではないことを確信しました。


「どうですかね、人事の人に事情を話せば大丈夫だと思いますけど」


今の会社辞めるのかな、という心配な気持ちを抱えながら、わたしはとりあえず質問に答えます。
彼氏さんは転職したことがなくて、今の会社に入ってから数年しっかりやってきました。辞めたいと思ってるとも聞いたことがなかったので、おそるおそるきくことに。


「辞めるんですか?」
「迷ってる……けど、辞めるならプログラミングのフリーランスみたいな仕事がしたいと思って。それで失敗したらまた就職出来るのかなって思ったから」


フリーランス、と聞くと、わたしの頭ではいわゆる「フリーの絵師さん」「フリーアナウンサー」が思い浮かびました。どこかの企業に勤めるのではなく、頼まれた仕事を引き受ける形でお仕事をする職。


フリーランス、ですか……」


わたしの言葉は少し焦って、淀んでいたと思います。安定した職ではなく、もしかしたら月に1円もお金が入ってこない日もあるかもしれません。
彼氏さんは独り暮らしでワンルームを借りています。家賃のことも考えました。今日のこの夕飯も、彼氏さんのお金です。そういうことも出来なくなるのかもしれないと、段々不安が押し上げてきました。
わたしは彼の彼女という立場なので、もし金銭的に困ったらわたしが支えないといけない。その覚悟も自分に問うていました。まだお付き合いして一ヶ月ですが、まだ別れたくはないなと思っていたので。
どうしてもお金のことを考えてしまうわたしに、彼氏さんはぽつぽつと続けます。耳に入ってくるサックスの音が盛り上がりに入りました。


「実は今の仕事しながら、ちょっとずつ勉強してるんだ。収入は不安定かもしれないけど……。前に同期から聞いて、そっちの界隈はそこそこ需要があるってことも分かってて、やりたいなーって」


いつもはすぐに逸れてしまうシャイな彼氏さんの目が、じっとわたしを見ました。


「不安?」


それはそうだ、とすぐに首を縦に振りたくなるのを、わたしはぐっと堪えました。
それはそうだ!安定した職に就いた方が良い!と言うのは、きっと簡単なことだっただろうと思います。今までと同じような、現状維持の地続きですから。
彼氏さんの会社は大きいところですから、ますます手放すなんてもったいない、という気持ちもありました。あまり馴染みのないフリーランスという言葉への印象が、心を蝕むようです。
でも。逆に言えば、それでもやりたい、と彼氏さんは思っている。今ある安定を手放してでもその道に進みたいと思っている。


そんな葛藤の中で、わたしの心を戒めるように蘇る声。ちょうど1年前に聞いた声が響きました。
人生の恩人とも言える、大切なことをたくさん教わった上司さんの言葉です。


「道はふたつしかないわけよ。船が木っ端微塵になるかもしれないけど外の世界に出るか、被害は最小限かもしれないけど内に留まるか。選ぶのは本人の自由だけど、それで文句を言うなって話。選択したのは自分なんだから」 


わたしが憧れていたのは、そうなりたいと思ったのは、前者でした。
不安定でも荒波でも、勇気を出して、進みたいと思った道に進む。そこで後悔だけはしたくないから。
不安な気持ちがなくなるような道だけが「良い」とは限らない。そういうことを、この数年で知ってきました。


「不安ですけど……彼氏さんは、それをやりたいって思ってるんですよね」
「うん」
「じゃあ、応援します」


思っていたよりも、喉からするっと出た言葉でした。今この時わたし自身に対して嘘はついていないのだと、自分でよく分かりました。
お金が不安定なことなんて、本人が一番よく知っているはずです。それでもやりたいと思うのなら、もう彼氏さんの中で答えは決まっているはずだと感じていました。


「やりたいって思うなら、応援します。今の仕事から逃げたいとか、何もしたくないとか、そういうのじゃないんですもんね」
「そうだね。その、色々調べて勉強してみたら、結構面白くて……」
「それなら大丈夫です!面白いって思えるなら続くはずですから!」


面白い、という言葉を聞けた瞬間、わたしはむしろ安心しました。自分から出る声が一気に明るくなっていたと思います。わたしの心に、火が付いた瞬間でした。


フリーランスなら自分を売り込まないといけませんから、準備はしっかりしましょう!絵を描いてる友達とか、自分はこんな絵を描いてるっていうポートフォリオとか作ってたんですよ。そんな感じで、時間かかっても良い資料が作れたら良いですね!」
「うん、そうだね。やるにしても、いつからやり始めようか迷ってるんだけど……」
「じゃあ、今からやりましょう!今生きてる中で一番早いのは今です!流石に仕事辞めてから始めてたら仕事ない期間が長いので、副業みたいにして始めたらどうですか?彼氏さんの負担にはなるかもしれないですけど、最初来る仕事なんて少ないでしょうし、仕事引き受けてこなしたらそれがまた資料になりますし、良いと思います!」


いつの間にか運ばれてきたミニサラダなんて目もくれず、ペラペラ彼氏さんの今後についての話を続けるわたしに、彼氏さんは驚いた顔をしていました。


「すごい、いっぱい言ってくれるね」
「彼氏さんの道を応援したいですから。人生やりたいことやった方が面白いじゃないですか!」


この言葉は、腹の底から湧き上がってきたわたしの本心でした。
確かにわたしの胸に不安はあるけれど、それは彼氏さんが抱えるものであって、わたしが抱えたら完全な野暮であることに気付きました。
彼女という立場になってまだ一ヶ月ですが、彼はわたしの所有物ではないのです。本人が分かっているような悩みを後から一緒に抱えることだけが、「彼のことを思う」のではない。唯一の存在であることと、自分(と同じ)のものであることは、全然違うことなのだと心底思いました。
真剣みを帯びていた彼氏さんの表情が、わたしの一言で柔らかくなったのが分かります。


「良い言葉だね。ありがとう。……これ、誰にも話したことがなかったんだ。ひおりちゃんに話して良かった」
「彼氏さんが良かったと思えたのなら、良かったです。わたしで良ければ何でもお話聞きますよ」
「ありがとう。僕も、ひおりちゃんの話聞くよ」


少し口下手で奥手だけど、今まで嘘をついたことがない彼氏さん。その言葉が真実であることは、柔らかい笑顔からよく伝わってきました。
大きいBGMと、大きな話が終わった充足感に満たされながら、わたしと彼氏さんはオムライスを食べました。感想を言い合いながら完食し、食後の紅茶が運ばれてきた時、彼氏さんがおずおずと呟きます。


「僕の友達に、仕事しないでいたら彼氏と別れちゃった人がいて。女性ってやっぱり、安定してないと心配するかなって思ったんだ。だから彼女のひおりちゃんには、話しておきたくて」
「そうだったんですか……」


正直。これから一緒に時を過ごすなら、一定のお金が入ってきた方が良いのは良いです。
そんな人だったの!?信じられない!わたしのことはどうだって良いんだ!とそっぽを向くことだって出来たと思います。彼氏さんという人を知らないうちは。


今までのデートのご飯代をすべて出してくれて、お付き合いしてからわたしが出そうとしても気にしないでと快く言ってくれました。
わたしが被ってきた帽子を夕飯の店に忘れてきて、雨の中道路を歩きながら「もう被って来ないようにします」と反省してたら、「僕が見てるからまた被ってきても良いよ」と笑ってくれました。
彼氏さんにとっての理想の彼女になりたいと理想の彼女像は何なのか聞き出そうとした時、「そういうのはなくて、好きになった人と、良いと思った人と付き合いたいと思ってた」と言い切った後、「ひおりちゃんはそのままでいいよ」と今の好母ひおりを受け入れてくれました。


そんな人が「わたしのことはどうだっていい」訳がないのです。今までの行動が全部わたしに教えてくれました。だから、迷いだけはありません。


「流石にただ辞めたいだけだったらちょっと考えましたけど、違いますからね。むしろ目標のために勉強してて、すごいって思います。わたし、彼氏さんの彼女で良かったです」


わたしが今までの人生で一番恩を感じている上司さんも、思えばそんな人でした。自分がやりたいと思ったことをする、苦難と失敗を恐れない、そういう強い意志のある人でした。
上司さんから離れて一年近く。人の縁とは不思議だと改めて感じながら、わたしの中でもひとつの思いが湧き上がってきたのです。


「実は、わたし、小説を書くのが好きなんです。もう十年くらい、趣味でやってて……」
「十年?すごいね」


ずっとイラストを描くのが好きと言って、それも嘘じゃないけれど、今まで本当の趣味は誤魔化してきました。一般の人には受け入れがたい趣味かなと、昔からずっと思ってたからです。


「小説は趣味でやっていきたいんですけど、わたし、もっと日本語を扱う仕事がしたいと思って……。文章がすごく好きなんです。編集者とかライターとか、書くことに携わるお仕事をしたいなって……」


今まで誰にも言ったことがない思いでした。言ったことがないと言うより、自分で自分から目を背けていたのだと思います。
今のお仕事に不満がある訳ではありません。やりにくさは特に感じてないし、人間関係も良いひとばかりで、離れるのはもったいないと感じる程です。慣れも出てきました。
でも、やりたいことのために勉強している彼氏さんの話を聞いていたら、自分もそう思える仕事がしたいと思ってしまったのです。
わたしは人に文章で何かを伝えるのが好きです。こんなブログを書いているくらい、感想を積極的に言おうとしているくらい、十年小説を書き続けているくらい、文章というものには魅力があると感じています。自分から文章を取ったら何も残らないと思っています。それを仕事にできたらどんなに素敵だろうと。その瞬間、強く感じてしまったのです。
心に眠っていた言葉の吐露に、彼氏さんは優しく笑っていました。


「良いね。良いと思う」
「……本当ですか?」
「うん」


短い言葉ながらも、彼氏さんの言葉には暖かさが染み渡っていました。


「ありがとうございます。……わたしも、彼氏さんに言って良かったです」


普通のカップルが付き合って一ヶ月でどういう会話をするのかとか、どこに行くかとか、どういうことをしていれば「普通」なのか、この瞬間、そういうことがすごくどうでも良くなりました。
ただ目の前に居る人と、お互いに良かったと言い合えることが大切なのだろうと。この先徐々に関係が変わったとしても、そう思えるようになりたい。そのための努力は惜しみたくないと思いました。
たぶん、「誠実でいる」とは、そういうことなんでしょうね。


お店から出た後、夜の冷たい風に当たりながら、彼氏さんがさりげなく呟きました。


「うちの会社、コネで昇進とか決まるんだよね。言い方悪いけど、ちゃんと仕事しなくても、飲み会とかで仲良くしていればそれで良いから……。そういうの嫌だったんだ」


普段誰かの悪口を滅多に言わない彼氏さんが、珍しく不満を漏らしました。


「そしたら、フリーランスって仕事のやり方を見つけて……。これだったら、仕事で評価してもらえるって」


言葉自体は不満の吐き出しでしたが、彼氏さんの真面目な気質がストレートに伝わってくるようでした。
たのしく、おもしろく、まじめに仕事をした成果を、何の余計なおまけもなく認めてもらいたい。仕事に対して真面目な人じゃないと出てこない言葉です。
フリーランスも結局マーケティングは必要でしょう。しかしそれは大元は仕事に対するものであり、人に対するものではない。


「良いですね。今、それ聞けて良かったです。わたしもそういうの苦手ですし」


大きな会社は安定こそあるかもしれませんが、同時に古くからの風習も残りやすいと、どこかで聞いたことがあります。いわゆる「コネ」は、そういうものなのでしょう。
人の繋がりは大切ですが、仕事とそれは切り離して考えたいという思いも、よく分かります。作品と作者を切り離して考えることと、少し似てる気がします。
 
周りからよく「ぽんこつ」と称される彼氏さんでしたが、その評価がいかに本人の本質と外れたものであるかが分かるような気がしました。
もしかしたら、誰かのレビューほど、自分にとって信用できないものはないのかもしれません。
自分の目で見て、言葉を聞いたときの印象こそ、自分自身が一番信用して良いものなのでしょう。そこで初めて、そのものに触れたのだと言えるのでしょう。
失敗が多くても、自分はこう在りたいと思える芯のある人は素敵です。理想で在りたいが為の失敗ですから。


長くなりましたが、近況はそんな感じです。GWで少し考えて、たぶん、転職しようかなあと思っています。
不便はないけど、夢もない職場にいるので。少し外の世界に踏み出してみたくなりました。
もの書きに携わる仕事がざっくりと編集者とライターくらいしか思い付かないのですが、もし「こういうお仕事とかどうですか?」というものがありましたら、ブログのコメントでもツイッターでも教えていただけたらありがたいです。どうかみなさまの知恵をお借りしたく!


ここまで読んでいただきありがとうございました。そういうことがあって今度出す本の通常締切すっぽかす馬鹿やったりしましたが、これからも元気に生きていきたいです!