次は戦場で会いましょう

病み備忘録 最初に「はじめに」お読みください

引き返せなくなった日

前回までのあらすじ

出勤ガチャ失敗

 

さて、その翌日から、まさに戦いが始まりました。

電車との戦い。会社にいるという重圧そのものとの戦い。

信じられないかもしれませんが、本当に1時間その場にいるだけで倒れそうだったので、気を紛らわそうとPCも触るのも、本を見ることも出来ませんでした。

うちの会社は小さいのでビルのフロア一部を借りて、仕切りの向こうは違う会社の人が働いている状態なのですが、少しでも仕切りの向こうから物音があると精神がすり減る感覚がありました。

誰かが向こうにいて、自分を監視している。

少しでも何か行動を起こせば非難の目を向けられる。

人からの目が完全にトラウマになってしまい、そんな思い込みが心に住み着き、空間にいること自体がひたすら苦痛になっていました。

…………実は精神科の先生に、復職してからこのあたりの話はしていません。仕事を辞めることを薦められると思ったからです。もし話していたらまた何か違ったかもしれません。

 

出来る事と言えば、椅子に座って、手が勝手に自傷を起こさないようにするだけです。この時のわたしは負荷がかかると勝手に首や腕に爪を立てそうになっていたので(これでも腕を噛まないだけマシになってました)、上司さんから「爪立てるならこれ使え」と握力を鍛えるトレーニング道具を渡されていました。硬くてきちんと扱えませんでしたが、力のやり場を逃がすだけでも充分な効果がありました。

 

さて、出勤二日目か三日目か、それくらいの時期だったと思います。

この時、ひとつの大きな事件がありました。今でも上司さんとの間で「いや〜あれはすごかった」と蒸し返す程の事です。

 

「じゃあ、まずはそこのホワイトボードに目標でも書いてみるか」

上司さんの口ぶりは、手始めに、とでも言うようなそれでした。

会社には大きなホワイトボードがあり、いつもは上司さんとわたししか会社にいないので、ほとんど使われていません。そこに「目標」を書くのが、まずは一つ目の、好母ひおりにとっての仕事でした。

「目標……まずは毎日会社に来ること、ですかね……」

流石に何日も無口でいるわけにはいかなかったので、弱々しくはありましたが、少しずつ話せるようになっていました。

「後は毎日1時間ずつ居る時間を増やすとかで良いんじゃない?まずは」

わりと軽い口調で上司さんが言いました。この時、わたしの中で出来るかどうかの不安が渦を巻いていましたが、現状維持ばかりではいけないとその二つをホワイトボードに書くことになりました。

わたしは背が低いので、椅子に乗ってボードに目標を書いていきます。

……書きながら、あらゆる思いが胸の内側から沸き上がってきました。

(毎日会社に来ることが目標なんて情けない。数ヶ月前までは会社に来て仕事をするまで出来ていたのに。八時間労働なんて何も考えなくても出来たのに。こんな1時間ずつ伸ばしていくのがやっとだなんて。今の自分はたったこれだけの事しかできないのか。これだけしか、これだけの事しか)

悲しみと言うよりも絶望でした。今の自分にはそれだけの事しか出来ないのかという絶望。息を切らしながら書いていると、上司さんが席から声をかけます。

「あ、目標の下にちゃんと名前も書いてね」

「……か、書かないとダメですか?」

「ダメ」

言い切る上司さんが、その時のわたしにはとても厳しく見えました。時折他の人が会社に帰ってくるので、この目標が見られることになってしまう。

恥ずべき事だ、とわたしは自分で思っていました。こんな事しか出来ないということを大きく打ち立てて、他の人に見られるのが恥ずかしい。こんな事しか出来ない自分が恥ずかしくて仕方がない。耐え切れない恥辱だと。

「なんかそうやってると小学校の罰みたいだな」

何気なく零した上司さんの言葉でしたが、わたしはこれで完全に思考が「落ちて」しまいました。

罰。これだけのことしか出来ない自分への、これは罰なのだと。

最後の最後まで、わたしはその目標に自分の名前を添えるのを渋っていました。数十分かかったと記憶しています。名前を書いた瞬間、それまで保っていた自分がすべて打ち砕かれました。

何も考えられなくなり、椅子に蹲りました。もう罰も恥ずかしさもどこかに行ってしまい、完全に切れてしまいました。話す気力も顔を上げる気力もない。俯くだけの人形と化していました。

「ひおりちゃん、あー……帰れる?」

わたしは首を横に振りました。駅まで行ける気がしない。五分も歩ける気がしませんでした。

「……じゃあちょっと待って、メール書いたらタクシーで送るから」

おそらくそれから30分ほど上司さんを待っていましたが、本当に「何も考えられない」状態でした。

体力が切れてしまったのもそうですが、頭がまっさらになり、完全に身体が停止した状態です。自分が生きていられてるのかも定かではありませんでした。

「そこまでは歩ける?おぶる?」

どうにかビルの外までは歩けそうだったので、歩く方を選択しました。

こうして、昼前の一時、わたしは上司さんにタクシーで家まで送ってもらいました。時間にして1時間程だったと思います。

タクシーから降りる頃にはほんの少しだけ回復していたので、なんとか玄関まで自分の足で歩けました。また明日、と交わして、わたしは帰りました。

 

これが今も定期的に話に出るタクシー事件の真相です。

翌日、会社に行くと、上司さんはこう語りました。

「もう一回タクシーになったら次はないからな。お前も俺も揃って辞めますって会社に辞表を出すぞ」

「?……なんで上司さんも辞めるんですか?」

タクシー行きになったのは自分なので、上司さんが悪いわけではないんじゃ?とわたしは思いました。

「そりゃそうだろ、責任はこっちにあるんだから。まああれだな、一心同体じゃないけど、縄を首にかけた者同士って事で……」

つまり、こちらの体調の悪さはそのまま上司さんの首に繋がると。

これにはわたしも驚きました。前の客先では、わたしがサボってる件で死にそうになっていてもそんな事は一言も言ってくれませんでした。

ちなみに、上司さんは、社員を管理する立場に就いたのはこれが初めてだったそうです。基本的に技術職だったので、こんな手間のかかる娘の相手をするのも初めてだと。

そういうことで上司さんと死線を共同する事になり、わたしの仕事復帰への道は、まだまだ始まったばかりです。

はじめの一歩を踏み出せなかった日

11月の最後。休職が明けるまであと数時間。

ベッドの中で、「とりあえず会社に行こう」「とりあえず会社には行こう」とひたすらに念じていたのを覚えています。自分に目標を言い聞かせていました。

わたしの身体がどんな状態だったのか、詳しくは前々回の「番外」をお読みください。詳しくない状態を言うとなると、10分の1の体力をどうにかコントロールしていたとしか言えません。

体力がないので、出掛けるにも、ものを楽しむにも、寝るのにも、すべて気を遣いました。後半はこれくらい外にいたからもう戻らないとなーと自分の限界をわきまえていました。

しかし、会社に行くとなるとそうはいきません。フルタイム、約8時間、デスクに座っていないといけない(仕事のことはこの時完全に考えていませんでした)。当時のわたしはそこまで考えていたか定かではありませんが、会社に行って上司さんに会おうという目標を定めていました。

 

翌日の朝。異常を感じたのは電車に乗った時です。

人間を間近に感じるだけで、腹の底から吐き気がこみ上げました。揺れではなく、満員電車に満たされた人間の気配に、体力は削られていきます。

揺られながら、あまりにも気持ち悪いので、何回か降りようか迷いました。しかし、きちんと定時に行かなければと、我慢して我慢して我慢して、どうにか会社に到着しました。通勤時間は1時間ほどですが、その間は地獄のような苦しみでした。

女性の長く伸びた髪の毛、男性のスーツ、何もかも、何もかもが、人間をまとっている。自分の近くにある。その事実がひたすらに、何とも形容しがたいことではありますが、気持ち悪く感じたのです。性別年齢、格好、関係ありません。脳が萎んで空っぽになっていく感覚があります。それでも脳は、耐えろ耐えろと怒鳴り、命令を身体に叩き込みました。

 

会社についたとき、上司さんはいませんでした。偶然席を外していたので、わたしはタイムカードだけ押して、近くの椅子に座りました。

燃え尽きた感覚がありました。ああ、来れたんだな、という気持ちはありましたが、達成感も充足感もありません。その事実だけをおぼろげに感じつつ、指先ひとつ動かせず、俯いて座っていました。何も感じませんでした。会社にいるという圧迫感だけを感じていたと記憶しています。

やがて扉が開いて、上司さんが入ってきました。わたしはどうにか首だけを動かして、上司さんの顔を見ることが出来ました。

「あれひおりちゃん、来……うわ」

 

この時のわたしの状態は度々上司さんから聞かされるのですが、曰く、「動物園で檻の隅に丸まって死んでる(ように見える)モルモットみたいだった」らしいです。

これはヤバイ状態だと察したらしく、上司さんも戸惑っていたと思います。

「完全に目が死んでんじゃん……。……よく定時に来れたね」

そのまま始業のチャイムが鳴りましたが、わたしは既に満身創痍です。ちなみに、会社は皆さん出払っているので、フロアには上司さんとわたしの二人しかいませんでした。

「これじゃ何にも出来ないよなあ」

上司さんが言ったのは純然たる事実だったのですが、わたしは非常に動揺しました。「何も出来ない役立たず」という言葉が頭を回ります。傍から見たら座っているだけですが、心は既にズタズタな状態です。

「でもこれ以上休職伸ばせないから、少しずつやっていくしかないか……。今日はもう帰る?」

確か頷いたと思います。この間、ひとことも言葉は発せられませんでした。しゃべる気力はとっくにありませんでした。

「休務届は書け……そうにねーよな。俺が代わりに書いとくから、落ち着いたら帰りな」

そのまま、数十分、そうしていたと思います。上司さんはその間、自分の仕事をしていました。こちらに話し掛けてくることはありませんでしたが、わたしとしてはそちらの方が気が楽だったので良かったです。

30分は経って、ようやく椅子から立ち上がることが出来ました。

「帰る?」

扉に向かうところで声をかけられました。無言の頷きを返します。

「そっか。お疲れ様、気を付けて」

タイムカードを押して、帰ります。時間にして、大体1時間ほどでした。

帰りは電車が空いていたので、まだ何とかなりました。こうして一日目はどうにか終了です。結局、一言も言葉を話せないまま座っていただけで終わってしまいました。

 

「会社に行って上司さんに会う」という目標は達成されたものの、成果としては完全に駄目なやつです。本来なら休職を伸ばすくらいの様子だったとは思いますが、新人なので一ヶ月しか許されませんでした。むしろ、会社を辞めてしばらく時間を置いた方が良いくらいの状態だったかもしれません。

普通どうなのか分かりませんが、上司さんはここで、「少しずつやっていくしかない」という判断をしました。多分この場で「辞めろ」と言われたら、当時のわたしは辞めた方が良いかもしれないと思っていたでしょう。ここから上司さんの言う通り、「少しずつやっていく」ことになります。

一言も話せる状態じゃない新人を目の当たりにしてそう言える上司さんも、今思えばすごいな……と思いつつ。波乱の日々が、ここから始まります。

この先、選んだ道を

本当は最後に書きたい話だったのですが、今書かないと忘れてしまうと思ったので書きます。この記事は、きっとわたしが全部を書き切った後に読むと、生きてくると思います。

片隅に、忘れない記憶。まだ覚えているうちに。

 

某日。午後、仕事に煮詰まってきたタイミングでした。横で新人達が別作業をする中で、唸りを上げながらパソコンに向き合うわたし。

「なに、もう目が疲れてんじゃん」

「そうですかね」

あまりにもへとへと過ぎて、上司さんの言葉に素っ気なく返したと記憶しています。すると。

「ひおりちゃん、ちょっとお茶でもしに行くか」

「……へ??」

お茶???今業務時間中なのですが……。

「何にも持っていかなくて良いから」

「いえあの、でも」

「良いんだよ昨日Aの面接の時だって帰りにお茶して帰ったし!なあ!?」

後輩のAくんが、弾ける笑顔で「そうっすね!」と答える。じゃあ、これ、良いのか……な?

「わ、わかりました」

わたしは慌ててパソコンをスリープ状態にすると、留守を後輩達に任せて、上司さんと外に出ました。

身長差がえげつない上司さんの歩幅に、わたしは小走りでついて行きます。

「あの、業務時間中なんですけど、良いんですか……?あと、奢りになりますけど」

「良いんだよ責任者は俺なんだから。責任者に全部任せておけば良いし、珍しく甘えても良いっつってんだから甘えろっての。そこの喫茶店で良い?」

「は、はい」

肩身の狭い思いをしつつ、上司さんとわたしは喫茶店に入りました。

茶店の中には、午後のひと時を過ごすおばちゃんや女子大生らしき人で溢れていました。ふたりで入ったわたし達は、奥の二人席に通されます。いつもの様子で座る上司さんと、縮こまって座るわたし。

「そんなに萎縮するなよ、こういうの俺前職だと結構あったから」

「え?そ、そうなんですか」

「気分転換にってお茶に出掛けてたよ。発想の勝負の職場だしな」

それを聞いて、わたしは少しだけリラックスしました。それも少しだけでしたが。

「ひおりちゃんに大事な話があってさ」

「だ……!?だいじ、な、はなし、ですか」

なんだ。解雇か。そういう話か。何かサボっていたか。

ふたりで呼び出されるという行為に、わたしは病んだ時のトラウマがありました。「勤務態度が良くない」「もうこれ以上続けられない」と言われないかと、喉が緊張で動きません。

「まあそれは後で。何でも好きな物頼んでいいよ」

「じゃあブレンドティーで……」

「別にデザートも頼んでいいよ」

「え。じゃあ、パンケーキも……」

と、上司さんも決まったところで、メニューを頼みます。

「わたしパンケーキのセットで。飲み物がブレンドで……」

「ひおりちゃんコーヒー飲まないでしょ?」

「え?アッッす、すみませんブレンドティーです、ティーの方です、ミルクで」

めちゃくちゃ慌ただしく注文を済ませると、これ以上なく呆れた顔で上司さんがわたしを見ていました。言わんとしてる事がすぐに分かります。

「鈍くせえ頼み方…………いつも鈍くせえけどまた鈍くせえ……」

「んぐ、し、仕方ないじゃないですか」

「本当そんなんで大丈夫か?重要な話って聞いたらガチゴチになってるし」

「うっ……その、重要な話ってなんですか」

詳しくは割愛しますが、重要な話というのは、今いる会社からまた離れてお仕事をする事でした。それをやりたいか否か、本人の意思を聞きたいと。

説明を受けているうちに、パンケーキと紅茶も運ばれてきました。

「どう?ひおりちゃんやる?返事はそのパンケーキ食べ終わるまで待つから」

「…………」

多分、前までの自分だったら、病んだ時のように行って失敗したらどうしようと怯えていました。腹痛を訴えて帰っていたかもしれません。

それでも、すぐに返事をして良いものかと、頷きかねる自分がいます。今この瞬間悩んでいたってしょうがないのに。引き伸ばしたところで不安が積もるしかないのに。

それでも迷いはありました。不安もあります。けれど、前よりもずっと軽いですし、「しょうがないよな」という気持ちも生まれていました。

「やめる?これ以上引き伸ばしたってさらに不安しか浮かばないぜ?」

「いえ、やりたいと思ってます。今同じことを考えていました。これ以上考えても不安になるだけです。一歩を踏み出していかないと……」

「へえ、そうなの。重要な話って解雇されるとでも思ってた?」

「…………はい」

んなわけねーだろと言われたか、鼻で笑われたか、どっちの反応だったかは忘れましたが、どっちかだったと思います。

「3月だったら考えてたけどな」

「えっ、3月に考えてたんですか!?」

「当たり前じゃん!あーもうこれは無理だね、終わりだね、もう辞めるか、って言うところだったよ」

3月。会社を辞めるタイミングがあるならば今だと悩んでいた時期です。今よりも自分を追い詰めて、一度早退までしました。(詳しくは後々に書きます)

「それでもさ、ここまで何とかしてどうにかして頑張ってきたじゃん」

「はい。何とかしてどうにかしてきましたよ、文字通り這いつくばりもしましたし!」

「何じゃそりゃ。で、この先も結局、どうにかして何とかしていくしかないのよ。それは自分の手でしか選べないし、自分で選んだことしかどうにか出来ない」

「……はい。そうですね」

「だから、そこまでプレッシャーは感じなくても良いよって話。良いよ失敗したってまたこっちに戻ってこれば良いんだから……って、俺がいるうちはいくらでも言えるんだけどな」

上司さんの言葉が濁りました。

と言うのも、上司さんは近々別の場所に異動になったからです。また新しい上司さんが来て、半年以上、病んでからの激闘の日々は、一旦終わりを告げることになります。

お茶に呼び出されたのもそのためだと、なんとなく分かっていました。

「ひおりちゃんは前から言ってるけど鈍感力をつけないとな」

「鈍感力ですか」

「そう。周りに気を遣ってばっかで疲れるだろ。一番知ってるのは本人だろうけど、周りの事に集中していないように見えるんだよ」

昔から、いわゆるビビりだった好母ひおりは、小さな物音にもビックリする質でした。周りからサボっていると思われていた前の職場。確かにその要因もあったかもしれません。

「世の中理不尽だからさ、無言でパソコンに向き合ってるように見えて遊んでる奴の方が、見た目よっぽど仕事してるように見える訳よ。そういうセコい奴がいっぱいいる。なんであんな奴がってジジイが偉い立ち位置に就いてる事もあるだろ?」

「あんまり具体的には想像出来ないですけど……そうなんですね」

「そうなの。もちろん努力しなかったとは言わねえよ?でもこっちの方が実力はあるのになんで、って事もある。プレッシャーを感じ過ぎないようにっていうのはそういう意味もあるからな」

セコい奴。セコい生き方。

自分にはあまり、考えられないものでした。多分、そのセコいやり方というものの方が頭が良いんだろうと、分かってはいましたけど。それでも出来ないなと、自分の中の何かが確信を持っていました。

話は、会社にいる人達の話に変わります。わたしのいる会社はとても小さく、あまり荒波を立てないような人が多いです。

「ここに来た時、どいつもこいつも負け犬の目をしてんなあと思ったね」

「負け犬……?ですか……?」

「外に出ずに、地元の湾で船を出して満足してるような奴らばっかなのよ。そっちの方が傷は付かずに済むかもしれないけど、それで給料が少ないだの愚痴愚痴言ってるような奴らばっか」

なんだか上司さんの不満を聞く側に立ってしまったような気がしますが、気になるのでそのまま耳を傾けます。

「道はふたつしかないわけよ。船が木っ端微塵になるかもしれないけど外の世界に出るか、被害は最小限かもしれないけど内に留まるか。選ぶのは本人の自由だけど、それで文句を言うなって話。選択したのは自分なんだから」

「最小限の方が、リスクは少なくて頭が良いような感じはしますけど」

「まあね、そこは間違ってないよ。そっちの方が自分のためには良いだろうし」

話を聞きながら、上司さんは下手したら木っ端微塵になる方を選ぶのだろうなあと思っていました。

上司さんは多分、現代に生きる人々から見たら、いわゆる「意識高い系」の人だと感じます。けれど、取り組む理由も、怒る理由も、何の話をしていても、全部の言葉に説得力がありました。わたしのブログでは伝えきれないところがあると思いますが、そういう人でした。

「それで俺は、ここに来て、まずフロアと規模を大きくしようと思った。せっかく人間は優秀なのが揃ってんだから勿体無いと思って」

「まあ、こんな手間のかかる娘もいましたけど……」

「だからってそのまま見捨てるわけにはいかねえだろ。昔だったらやる気あるの?出来ないなら帰っていいよって言ってたけど、まあそのへんは変わったのかな」

「何か思うところがあったんですか?」

「さあ。けど、優秀な人間だけ拾って残りを切り捨ててたら、もう何にもならないだろ。会社として成長しないし、それが責任者の仕事だし。負け犬の目をしていようとなんだろうと出来るところまでは育成しないと」

そこから先は本人の努力次第だけどな、と上司さんは付け足しました。自分を見捨てなかったことに感謝をしつつ、人間の仕事を管理する仕事、の難しさについても触れたような気がしました。

話は再び変わり、今会社にいる後輩達の話になります。

「Bとか物わかりが良いのは分かるんだけど、ビビりだからなあ」

「ああ、はい、余裕がなくなるところがあるのは分かります。結構不安になっちゃいがちですよね、本人的にはいつも精一杯話してる感じなんだとは思いますけど」

「キャパオーバーした時とかすぐに分かるだろ?顔変わるから」

「そうですね。そのあたりはAくんとかの方が肝が座っています」

「その辺を見極めながら話してるんだけどなぁ。物わかり良すぎるのも逆に心配するけど……」

思わぬ盛り上がりを見せ、ふと。

「ひおりちゃんと俺って、感性の絶対値は同じくらいかもしれないけど真逆なんだよなあ」

「あー……それは確かに」

何気ない感性的な議論を何回か交わしたことはありますが、上司さんとは意見は合わないけれど議論の波長は合うようなことがしばしばありました。

例えばAくんの事を上司さんは毎回えんえんとチャラ男と言っていますが、わたしにはちょっと軽いところもあるけれど根はまっすぐな子くらいに見えます。多分核としてのAくんは同じように見えているのだと思いますが、それを受けての感じ方が違うのです。

「見えてるものは一緒なのに感じ方が違うっていうのも面白いですよね」

「面白いか?まあ俺がひおりちゃんと一緒だったら絶対嫌だし気持ち悪いから良いけど」

「そこまで言わなくても良いじゃないですか!?」

「俺が一緒になってたら嫌だろ!?」

「嫌ですけど(嫌ですけど)」

ここまで話して、これだけ話し合える上司さんと「一緒が嫌」っていう感覚もまた独特だなと。

同じことを「それわかる」と共感して喜ぶのではなく、違うことを話し合って、お互いに納得する。「そちらの言い分もわかりますけどそれだとダメですよね」という展開も何回かありました。ちゃんと反論出来たことは数えるほどしかありませんが。

上司さんは、わたしの言うことに対して、「そうだよね、わかるわかる」と言った事は、この半年以上の間でおそらく片手で足りるくらいしかありませんでした。お世話になっておいてなんですが、優しい人だと思ったことはありません。ただ、尊敬出来る人と思ったことは数え切れません。

言われたことを「そうですね」と流すのも良い生き方なのかもしれない。時と場合によっては、そうしないといけない時もある。というか、多分そっちの方が疲れなくて賢い選択なんだろうなあと、最近になってしみじみ思います。

 

けれど、それで流されて病んでしまったのが去年の話です。いつも言い合わなくてはとは言いませんが、いわゆる事なかれ主義のようになると、あまりにも譲り過ぎて行き場を失ってしまう。わたしはそんな人間なのです。あまりにも不器用で、あまりにも幼い。

その自分の欠点を、こういう人間だという視点を、この半年以上で受け入れてきました。

人と違うことが悪い事だとは思わない、と思うようにしました。自分が納得出来る道を進むことが出来れば、苦しむ事はあれど、不安はなくなる。そういうメリットがあるのだと考えつつ。

自分が選択した道に後悔はしたくありません。これも仕方がないと諦めるのではなく、やれるだけやってみようと前向きな気持ちを向けたいと今は思っています。

……我ながら、猪突猛進と言いますか、スポ根のような考え方になったなーと。けれど、自分にはこっちの方がしょうに合ってるし、気合いだけでどうにかなるとは思ってません。

どうしても噛み合わない時も、冷静に見て諦めないといけない時もある。目の前だけを見て、突き進むだけではいけない、ということも、忘れないようにしないとなと。

「じゃ、そろそろ出るか」

「はいっ」

時間にして1時間半、気が付けば話し合っていました。だいたいわたしの食べるスピードが遅かったせいですが、パンケーキと紅茶を完食して、外に出ました。

本当に合わないと思った時、これ以上前に進めなくなった時は、この会社からお暇させてもらう予定ではあります。

しかし、それでも、上司さんの下で教えて貰った色んなことは、これからも心に残り続けるのだろうなと思います。これからの人生、明日死ぬかもしれないけれど、明日生きることになるかもしれない日々を、一生懸命生きていきたい。

とりあえずこの記事は、ここで終わりにします。既にこのブログを立ち上げた最後に書きたかったことはほぼ書けましたが、まだまだ備忘録として残しておきたいことはあるので、もうちょっとだけ更新していきます。

番外 深刻なうつ一歩手前の身体になった感想

うつ病」と聞くと、皆さんはどんな状態を想像するでしょうか。

死にたいと思いながら身体を引きずって身を投げる光景でしょうか。この世のすべてに絶望して刃物を手首に刺すような光景でしょうか。無気力で地面に寝そべっている光景でしょうか。

それも、精神病の症状によるものだと思います。しかしそれは、本当に最後の最後の症状です。そんなギリギリの状態だけが「精神病」と言うのではないと、わたしは思っています。

ということで、今回はちょっとした番外として、わたしが体験した、「精神病になると身体がどうなるのか」という話をします。もしこれを読んで「自分ヤバいかもな」と思った人は早めにお医者さんに行くことをお勧めします。

一応言っておくと、わたしは精神病のお医者さんでもなく、あくまでも患者になったことのある一人です。あしからず。

 

わたしは病の種類としては、「適応障害」と呼ばれるものにかかりました。

調べてみたところ、「うつ」よりも軽い症状らしいです。ただ、精神科は患者さんのお話を聞いて判断するしかないので、本当にそうだったのかは分かりません。正直先生に全部を話せていなかったので、もしかしたらまた違う病だったのかもしれません。

先生曰く、「今にも溢れそうなコップいっぱいの水」状態だったみたいです。表面に膜が張っていて、あと一滴水が加われば取り返しがつかないことになっていたとの事。

 

精神病になったきっかけは、社会人一年目のストレスです。詳しくはこのブログの過去記事に書きましたが、周りからの監視の目、表面上のお付き合い、というのに慣れず、どんどん身体が異常になっていきました。

 

では、具体的にどんな風におかしくなっていったのか。

 

精神病とは、一言で言ってしまうと脳のバグです。頭がきちんと働かず、酷いと日常生活もままならなくなっていきます。

……とまではよく聞く話ですが、問題は、「脳がバグると、どうなるの?」という事です。

身体と心に解離が発生し、どんどん亀裂が広がっていきます。身体のコントロールがきかなくなってきます。その具体例を、症状が軽かったものから下に挙げていきます。

 

まず、感情の起伏が少なくなってきます。同時に、他人に対して前より冷たく当たるようになっていました。

姉からも「最近のひおりなんか冷たいよね」と言われましたが、ふーんくらいで済ませていました。この段階では、まだ精神的なもののせいとは気付いていません。

仲の良い友人から「遊びに行こう」という誘いがあっても、前までは喜んで行っていたところを、「今日は疲れてるから断ろう」と避けていたのもありました。自分に余裕がなかったので、他人を気遣うことがなくなっていきました。

 

次の段階として、何をしていても落ち着かなくなりました。

仕事中も、仕事が終わっても、帰って家にいても、仕事の事を考えてしまう。こうしている間にも、自分を監視する方法を考えているんだろうか。今も職場の人から快く思われていないのだろうな。などなど……。勝手な思い込みをどんどん募らせていきました。

 

何より分かりやすかったのが、記憶力と体力の低下です。

職場で業務についてのテストがあったのですが、何をやっても頭に入ってこないので、悪い点になっていく。勉強したはずなのに覚えられない。物忘れというレベルを超えています。酷かった時は、何ヶ月もやっていたルーチンワークのやり方をぽっかり忘れました。

体力は、仕事自体はデスクワークだったので分かりにくかったのですが、遊びに行くと顕著でした。2時間外にいたら疲れ果てます。そこまで激しい運動もしていないのに、です。

わたしの場合、「監視の目」がトラウマになっていたのもあって、特に電車に乗ると吐き気と目眩が止まりませんでした。人通りが多い場所に行くと、身体が勝手に緊張して、ただでさえ少ない体力の消耗が激しい。30分でふらふらになっていました。一日が長く感じるようになりました。

集中力も下がっていました。文章を読めない。情報が処理出来ない。一時期ツイッターの表垢から姿を消していたのはそれが原因です。次々に流れてくる情報を処理出来なくなるのです。同じ理由で、音楽も聞けなくなりました。「どのような旋律か」の情報が処理出来ないので、頭痛がするようになりました。

精神病は、気分を鬱々とさせるだけではなく、肉体的にもあらゆる事が出来なくなってしまいます。物理的に、身体が処理出来ないのです。わたしはこの頃、心が身体を傷付けている感覚すらありました。「何とかしろ」という心の号令に、身体が付いていけないのです。脳がバグって、解離を起こしているから。

 

そして、自分でも「これはまずい」と思ったのが、あらゆる物からの興味の喪失です。

わたしは三次元二次元問わず、好きな物を愛しているオタクです。今は元気になったのであらゆる物を嗜んでいますが、この頃は途端に興味を無くしていました。

自分でも一番驚いたのが、友人から誕生日プレゼントを貰った時です。好きなキャラクターのグッズを貰ったのですが、それを見ても、全然嬉しくなかったのです。今までのわたしでは考えられない事でした。対応も、ものすごく素っ気なく返していたと思います。当時は疲れていたからと思っていましたが、今思うと本当に異常です。

いくらでも語り尽くせるほどに好きなキャラクターが、好きなアイドルが、好きではなくなっていきました。姉にDVDを見る事を誘われても面倒だからと見ない方を選択していました。

今思うと恐怖でしかありません。本当に生きる気力を無くしていたのだと実感します。

流石にこの対応はおかしいと思われたのか、姉はこの時ぐらいからわたしが精神病であることを疑い始めたそうです。

 

それからわたしは一応、診断書を貰って一ヶ月の休職を貰いました。

周りから「ゆっくりしたら良いよ」と言われ、始めの数日はただただベッドに寝ていました。休職を貰ったからと言っても、外に出る気力も体力もなかったのです。

遊ぶにもすぐに限界が来るので、友達と会うのも気を遣わせました。今思うと、わたしに合わせてくれた友人達には感謝し切れません。せっかくの誕生日プレゼントを当時喜べなかったのは、今は後悔しています。けれど、今年は、何を貰っても嬉しいと思います。

 

普通に日常を過ごしている時も、遊ぶ時も、身体が悲鳴を上げます。ふっと、脳が拒否反応を起こします。停止します。たとえ、どんなに親しく、久しぶりに会った友達でも。

精神病になって、一番怖いと思ったのはそこでした。何もかもに気力をなくし、色んな繋がりを断ち切るところでした。

脳のバグは恐ろしいです。気持ちだけの問題ではない。自分の視界から、あらゆる物をシャットアウトさせていく。あらゆる事を出来なくさせていく。

これはあくまでもわたしの経験ですが、他にも同じようなことがあると思います。精神病が、「気持ちが落ち込むだけの病気」だと誤解されませんように、この記事を残しておきます。

10月 決定的な日

さていくつか記事を書いてきましたが、わたしは正直自分が病んでいく様子を書きたくてこのブログを始めたのではありません。どうやって自分を立ち直らせていったのかを書きたいのです。

なので、もう率直に、何故病んだのかを言います。

 

・周りからの監視の目が怖かった

・職場環境と合わなかった

・自分を思い詰め過ぎた

 

大きくはこの三つだと思います。

このすべて、自分の状態が悪くなるまで、自覚はありませんでした。むしろ、「自分は定時で帰れるし、大きく怒られもしてないし、恵まれている」と思っていました。ツイッターで流れてくるブラック企業にも当てはまらないし、大丈夫だろうと。

 

そう思っているうちに、「仕事は出来るけどサボっている好母ひおり」を何とかしようと、周りの行動は変わっていきます。

まず、わたしだけに日報を書かせるようになりました。何をどれほどの時間をかけてやっているのかを書くように言われました。この時のわたしは元気がなかったので、どうしてやるのですか?と聞くことは出来ませんでした。

次に、やっている業務について、テストをすることになりました。これもわたしだけの特別メニューです。わたしだけがやる事が、どんどん募っていきました。

流石にこれだけやられたならば、いくら鈍感な自分でも、信用されていない事は分かります。信用されない行動を起こしたのはわたしだったのかもしれませんが、何より怖かったのは、それでも表面上はにこにこと仲の良い職場を装っていることでした。

 

わたし自身、一番苦手なことでした。

腹に黒い何かを抱えながら顔を笑わせるのは。それを感じる事も、見る事も。

それを感じてしまった時から、完全に職場を信用できなくなってしまいました。耐え切れなくて電車の中で迷惑をかけないようコソコソ泣いて、最寄り駅に座り込んで泣きながら信用出来る友達に電話したのを今でも覚えています。今でも思い出すだけで涙が出そうです。

表面上は笑顔だけれど、その裏で、厳しい監視の目を向けられている。その恐怖で仕事が進むはずもありませんでした。悪い方に悪い方に転がっています。

席を外す時も、自分がいない間に悪口を言われているのではないかと、気が休まりません。(そういう職場だったので……)

 

決定的だったのは、そのテストが悪かった日です。テストを作った人に呼び出され、こう言われました。

「このテスト、好母さんのために作ってるんだよね。こうでもしないと勉強しないから」

……こうでもしないと勉強しない。ああ、そんなに信用されてなかったのか。そういう人間だと、思われていたのか。努力もしなければ、監視しなければ何も出来ない人間だと思われていたのか。

この瞬間、自分の中の全部が一気に崩れ去りました。目の前が真っ暗になったとはこの事を言うのだなと、今でも思っています。覚えているのは、その後に届け物をする時です。

既に何回も行っているフロアに郵便物を届けるだけだったのですが。その道が、思い出せないのです。エレベーターに乗ってボタンを押す時、あれ、確か、何階だっけ、としばらく迷いました。

 

明らかに自分の身体がおかしいことに気付きました。例えばキーボードで文字を打つ時、指が動く感覚はあるのですが、何を打っているのか頭に入ってこないのです。電話対応をしている時、口が動き声は出るけれど、何を話しているか自分で把握出来ない。自分が話しているのに。

おかしい。これはおかしい。これは危険だ。

わたしは慌てて、その日の仕事帰りに、会社にいる、5月から変わった次長に電話をしました。

その次長さんが、今日に至るまで本当にお世話になった方です。

当時、9月に面談をした時、快活な話し方とズバズバした物言いに好感を感じていたので、相談した方が良い、この人には相談出来るだろうと判断しました。

 

「すみません、ご相談したい事があるんですけど」

「良いよ。いつにする?」

 

思えば、久しぶりに、人に安心して相談などしたような気がします。

 

「明日は難しいので、明後日で……」

翌日はなんとか堪えながら仕事をしました。この日を耐えれば相談出来ると、それだけを希望に何とか踏ん張りました。

翌日の業後、会社に相談をしに行きました。記憶力がないこと、電車や通勤時に勝手に泣いてしまうこと、などなど、今起こっている自分の身をすべて告白しました。

「俺じゃ判断出来ないから、お医者さんに行ってきな」

この判断は冷静だな、と思いました。もっともです。

「ていうか、その状態でよく昨日と今日仕事してきたね。偉いじゃん」

その時の自分は、心がズタボロだったので、「いえ、自分が悪いので」と言うことしか出来ませんでした。人の褒め言葉にまで、否定的になってしまっていました。

 

結論が出て、背中を丸めてふらふらと帰ろうとした時、頭に何かが乗せられました。慌てて振り返ると、新しい次長(以下上司さん)がわたしの頭に手を乗せていました。

「じゃあ、気を付けて帰って」

わたしは頷いて、帰路に付きました。

その時。初めてふつふつと、ある思いが生まれました。

(どうしてわたしはこの人がいる所で仕事していないんだろう)

ずっと恵まれている、自分は恵まれていると思い込んできました。これで満足で、環境に不満などないと思っていました。

これが社会人なのだから仕方ない。これが大人だから仕方ない。定時で帰れているのだから恵まれている。激しく怒られもしていないのだから恵まれている。

そんな中で感じた気持ちでした。就職する時に感じた、この人の下で仕事がしたい、という気持ち。

この時から少しずつ、もしかしたら、自分はなにかに気が付いていたのかもしれません。

 

後日、精神科にかかりました。

詳しくは省きますが、この時過呼吸にもなって、刃物は持ち出していないのですが自傷もしていて、本当に危ない状態の一歩手前でした。

新人ということで、最大1ヶ月の休職を貰うことになりました。

…………正直な話、1ヶ月では全然足りませんでした。友人と楽しい時間は過ごせましたが、それでも体力は低下し、一時期は味覚も失っていました。

しかし、12月。休職から復帰という形で、支店に向かうことになります。

 

ここからが、このブログを書こうと思った本番です。ここから、本当の戦いが始まります。詳しくはまた次回。

アルジュナさんとカルナさんのはなし

ツイッターではもうたっぷりしたアルジュナさんの話ですが、今日はある一点に集中して、アルジュナさんとカルナさんの関係を考えてみようと思います。

ぶっちゃけFGOのいわゆるインド兄弟に興味が無い人にはとてもつまらない記事になると思いますが、元々好きでやってるブログなので、そこはご了承ください。

ちなみに、今回の記事を書くのに参考にしたのは、「FGO体験クエスアルジュナ&カルナ」「FGOメインストーリー5章」「FGOメインストーリー終局」「FGOマイルーム会話」「FGO幕間の物語アルジュナ2」「エクステラリンク」が主です。これらの直接的なネタバレは書きませんが、一部セリフを引用します(テラリンは控えめにしています)。ご注意ください。

 

さて。そもそも何故この記事を書くのに至ったかと言うと、「アルジュナはカルナを理解している」という旨のツイートを見たからです。

これを見た時、わたしは首を傾げました。既にテラリンはプレイしていましたが、そう思った記憶もありません(八割あの熱いシーンに持ってかれたのもあり)。しかしテラリン発売後、そのようなツイートが各所でよく見られました。

認識が間違っているのは自分なのかもしれない。そう思い、二日程かけて、もう一度アルジュナさんとカルナさんの会話を、思い付く限り回収しました(今回はFGOのイベントは除きました)。もう一度見つめ、読み砕きました。

今回は、その二日間の研究とも言える行為のまとめとも言えます。長い記事になりますが、お付き合いしてくださると嬉しいです。

 

念の為、アルジュナさんとカルナさんについてを、簡単にここに記します。

アルジュナさんとカルナさんは、「マハーバーラタ」に出てくる登場人物です。

マハーバーラタは他にも多くの人物が登場しますが、アルジュナさんはその中でもあらゆる武器を授かり、その力でことごとく敵を打ち倒した英雄です。そのアルジュナさんと物語の終盤までライバルの立ち位置であったのがカルナさんです。

アルジュナさんは知りませんが(型月ではどうなのか不明瞭)、二人は異父兄弟。カルナさんは産まれた時に母クンティーに捨てられ、御者の息子として育ち、類まれなる運命によりアルジュナさんと敵対します。

……というのは、恐らくFGOのマテリアルを見ればおおよそは分かることではないでしょうか。この記事では、もう少し視点を変えて、二人の性質に関係のあるところにまで突っ込みます。

 

マハーバーラタは、運命の物語です。

戦士として生まれたからには誇り高く生き、御者として生まれたからには御者として生きていく。一度神から掛けられた呪いは、どうあっても解く事は出来ない。根が弱虫でも、王子として生まれたからには、国を守るために戦わなくてはならない。そんな世界です。

そんな世界の中で、カルナさんは御者の息子から実力で戦士に成り上がった、いわば身分制度を打ち破る希望の光でした。彼にとって立場とは、変えられる、打ち破れるものです。

アルジュナさんは、戦士として生まれ、戦士として愛され、誇り高く武器を携えて兄弟と共に生きた英雄でした。彼にとって立場とは、不変なる、絶対的なものです。

この二点が、二人を語る上でとても大事になってきます。片隅に置いておいてください。

 

では、本題です。

アルジュナはカルナを理解しているのか?」

いえ、しかし待ってください。その前に、ひとつ考えることがあるのでは。

 

アルジュナは他人を理解する人間なのか?」

この質問、カルナさんに置き換えると、これ以上なく簡単です。カルナさんはアルジュナさんに限らず、他人のあらゆる事を見抜き、暴き、反感を買われる程です。

アルジュナさんはどうでしょう。彼は、人の何を見ているのでしょうか。

アルジュナさんは基本的に、カルナさん以外のサーヴァントとの絡みはありません。幕間の物語も、今のところはすべて「彼の自己完結の物語」でした。そして、彼が登場する時、いつも己の事を語ります。

「私のこの想いは」「私を見ないでください」「このアルジュナ」「この憎悪と妬みは」

おそらく九割アルジュナさんの口から出ているのは己の事です。しかし、この文章を読む人の中で、このような人もいると思います。

「カルナの事はよく言っているのでは?」

わたしも最初はそう思っていました。カルナさんとの敵対がキャラクターとしておいしいポイントでもあるアルジュナさんは、カルナさんのことはよく言っているはず。

アルジュナさんはカルナさんの事をこう言っています。

「カルナ、私はおまえが憎い、そして羨ましいよ」

「私にとって、カルナこそ宿命の敵」

「あの男はきっと、正しい存在なのでしょう。人を正しく人だと認識し、その身を全て善行に捧げるような英雄なのでしょう」

これと、テラリンでもひとつ言及しています。「私の知るカルナは」と。

…………実は、アルジュナさんがカルナさんに対して「おまえはこういう男」だと言っているのは、本当にこれくらいしかありません。しかも、一つ目に関しては己の感情の吐露です。

正しき英雄。正しき男。善なる者。

そんな、ふんわりしたことしか理解していないのです。実は。テラリンでも例外はありません。「善なる英雄」以上の事を、アルジュナさんの口から語られた事は、実はないのです。

逆に。カルナさんからアルジュナさんへ、語られた事はとても多いです。「己を誤魔化すな」と、導きとも取れる言葉を送った事もあります。

 

「インド兄弟はお互いにお互いを理解し合っている」と聞いて感じる最大の違和感は、そこにあるのです。

アルジュナさんは、カルナさんの事だけを考えているのではありません。とんでもない。むしろ、自分の事しか考えていない。否、自分の事しか考えられない、と言った方が正しいでしょう。

 

彼は常に自分が最上のサーヴァントだという意識を持って振舞っています。そうすると、他に目を配る余裕はほとんどありません。あったとしても、それは正しいか、正しくないかで判断する。

この「正しい」「正しくない」の問いは、マハーバーラタでも頻繁に描かれた事です。この行為は戦士として正しいのか。この行為は正しき道を生きようとしてる者に相応しい行為なのか。

アルジュナさんの基準はそこにあります。その枠に当てはめ、正しくない事を恥とする。

それをしている限り、真の意味で他人を理解する事は出来ません。己の行動すらも枠にはめている時点で、彼は他人を理解する事など出来ないのです。

何故ならば。その時点で、己というフィルターを通して見ることになってしまう。そして、アルジュナさんは、ただでさえ「己」が強い人です。

「その傲慢さこそがおまえの真価だ」とカルナさんも言っていました。

強く己を持ち続け、正しく在ろうとする。わたしは、アルジュナさんというキャラクターの最大の魅力は、そこにあると思っています。

己を律し続け、在るべき姿で在ろうとする。大英雄の名を汚さないように。初めは己を晒すことに恥を感じていたが、マスターと出会い、恥を恐れないと決めた。

その魅力は、「他人を理解する」というフィールドでは、途端に欠点となってしまうのです。己を強く持ち過ぎるあまり、他人を見る事が出来ない。

これは、カルナさんの「他人を見抜く、理解する目がある」という魅力が、「心の中を暴き過ぎて相手に嫌われる」と裏目に出てしまうのと同じ事です。

 

そしてアルジュナさんの他人を理解出来ない要因はもうひとつ。彼が人を、己を、立場で見てしまう事にあります。

紹介動画で出ているのでそのまま載せますが、テラリンで「軍師として当然の義務です」と口にするシーンがあります。

初めに言いましたが、アルジュナさんは、戦士としての誇りを、英雄としての義務を第一に生きてきました。それが第二の生でも続いています。〇〇として、とまず第一に立場を取ります。それもひとつのフィルターです。変わらない絶対的なものと思ってるが故に、優先させているのでしょう。カルナさんと敵対する時も、「敵として」「対等な者として」「貴様が善につくのなら私は悪につく」「あの男が光なら私は闇になる」と、毎回正反対の位置に居ることを気にしています。

その証拠に、何者でもなくなった体験クエストでは、アルジュナさんは虚無に包まれています。立場なくしては、生きる気力もないような。そしてカルナさんを妬み羨む、本人曰く醜い感情こそ、アルジュナさんを生かすのです。カルナさんへの理解など、関係なく。

……そもそも、「一人の方が気楽で良い」とマイルームで語るような人が、他人を理解する気になるはずがなかったのかもしれません。

 

さて。ついでなので、もうひとつ、ここに書いておきたい事があります。記事としてはここで一区切り付くので、ここで終わっていただいても構いません。

今、FGO界隈は男と男の憎悪ブームで沸き立っています。詳しくは言いませんが。その枠のひとつとして、アルジュナさんとカルナさんが取り上げられる事がしばしばあります。

アルジュナさんが、カルナさんに殺意を持つ者として。愛憎、と言われたりしているのも見た事があります。そしてカルナさんは、それを受け入れる者として。

 

ではここで、ひとつ考えたいと思います。

「そもそも、アルジュナさんはカルナさんに殺意を抱いているのか?」

 

「あの男は私が殺す系サーヴァント」と言われているのも見た事があります。実際にそうアルジュナさんが言ってるシーンもあります。

「そもそも、何故『私が殺さ』なければならないのか?」

 

そして、もうひとつ。

「カルナさんは何故受け入れているのか?」

 

アルジュナさんとカルナさんが好きな人間として、この三点は、今、ここで書いておこうと思いました。と言うのも、この三点をはっきりさせることで、「殺し殺される関係」「お互いに殺し合わなければいけない関係」と誤解されがちの兄弟の関係性を明確に出来るからです。

 

「そもそも、アルジュナさんはカルナさんに殺意を抱いているのか?」

アルジュナさんは先程つらつらと書いた通り、基本的には自分の事しか考えていません。それなのに、カルナさんにだけ異様な妬み、憧れ等の感情を抱いています。その理由に関しては、仮説はありますが、今回は割愛します。

問題は、「アルジュナさんがカルナさんに勝負を仕掛けるのは、その感情によるものなのか」という話です。

その感情に、妬みに、憧れに駆られるがままに殺そうとしているのならば、憎悪による殺意と言っても良いでしょう。今話題の彼(怖いので敢えて名前は伏せます)との共通点も見えます。

しかし。そうすると、気になる所が多々あります。

 

ひとつ。感情に駆られているにしては、手段と立場にこだわり過ぎている。

アルジュナさんはカルナさんと戦う時、「お互いに全力を出すか」「お互いに敵同士の立場であるか」を、どの作品でも毎回確認しています。ただ殺したいのならば、手段なんてどうでも良いはずですし、確実に殺したいのなら全力を確認するまでもありません。

それなのに、毎回確認している。そして、5章でカルナさんと向き合った時、アルジュナさんはこう叫んでいます。

「今度こそ対等のものとして、貴様の息の根を止めねばならん!」

 

ふたつ。「殺す」ではなく「殺さなくてはならない」という言葉。

「カルナは私の宿敵です。サーヴァントとして、幾度と無く刃を交えねばならない」

幕間2でのアルジュナさんの言葉です。アルジュナさんは度々、「貴様は殺さなくてはならない」という意味合いの言葉を叫んでいます。

それが運命だと。それがサーヴァントとしての在るべき姿であり、アルジュナとしての在るべき姿でもあると。

重要なのは、「ならない」という言葉です。そうしなければいけない。そうしなくてはならない。「したい」のではない。アルジュナさんの、心からの思いではないのです。

「殺す。殺したい」ではない。「殺す。殺さなくてならない」。

これ、すごく大切だと思っています。

本当に、アルジュナさんはカルナさんを殺すことを、望んでいるのでしょうか。望んでいるとしても、何故なのでしょうか。衝動的なものでなければ、感情的なものでなければ、「殺さなくてはならない」理由は、何なのか。

 

「そもそも、何故『私が殺さ』なくてはならないのか?」

理由だけなら、いくつか思い付きます。「おまえは私だけが倒せるくらい強いのだから」とか、「私に倒されるくらいでなければ張合いがない」とか、「私以外に倒される姿を見たくない」とか。

今までの事をまとめると、アルジュナさんには、「お互いに全力で」「誰にも邪魔されることなく」「卑怯な手を使うことなく」「敵で、かつ対等な立場で」カルナさんと決着を付けたい理由があります。上記の理由は、どれも当てはまりません。わざわざそうする必要がないからです。

「すべてを万全にした状態で」戦わなければならないのです。万全にならない状態ならば、敵意を抑えて協力する程です。それほどまでに、アルジュナさんにはこだわりがあります。

強い者と、強いライバルと、正々堂々勝負がしたいから?

いえ。そうなると、「殺さなくてはならない」という物は必要にはなってきません。戦うだけなら、勝負するだけなら、いつでも出来ます。生死のこだわりは必要ありません。

「殺さなくてはならない」のです。万全な状態で、正々堂々と、カルナの首を取らなくてはならない。

 

それは、カルナさんの為でしょうか。自分の為でしょうか。今までの流れでいけば、自分の為でしょう。カルナさんの為になる事は今のところ一つもありません。

自分の為に、万全の状態で、首を取らなくてはならない。殺されるリスクを犯してまで、全力の勝負を、しなければならない。したいのではない。しなければならない。

何故?

ここまで突き詰めれば、理由は浮かんでくると思います。

 

生前、卑怯な手でカルナを討った己を、己の罪を、塗り替えたいから――というのが妥当でしょうか。

敵で。卑怯な手を使わず。正々堂々と。「殺さなくてはならない」。そうしないといけない。そうしないと、英雄としての汚点は永遠に晴らされない。

マハーバーラタで、彼は、正確には彼を含めた兄弟は、敵に卑怯者と罵られました。カルナさんを殺した時とは別の場面ですが、戦士として恥ずべきことをしてしまったと、心から後悔しました。その一方で、動けない状態になりながらも堂々と死んでいったカルナさん。どれ程アルジュナさんの目には眩しく見えた事でしょう。

第二の生があるならばやり直したい。あの瞬間を。あの時を。あの汚点を。

5章で、「だからこそ貴様を殺す事を聖杯への望みとした」とアルジュナさんは語っています。

呪いも、宿命も、神もいない。正々堂々とした勝負が出来るからこそ、今こそ、己の業を塗り替えるのだと。

……そんな己の罪への理由ならば、「殺したい」でないことにも説明が付きます。

あの瞬間を塗り替えたいだけ。あの罪を、あの恥を塗り替えたいだけ。塗り替えなければアルジュナで居られないだけ。

ただそれだけのために、もう一度、死んで欲しい訳でもないカルナさんを殺すのですから。

 

「カルナさんは何故受け入れているのか?」

アルジュナさんがカルナさんを殺したい理由が己の罪を晴らしたいが為ならば、何故カルナさんはそれを受け入れているのでしょうか。彼に利はないはずなのに。

と、その前に言っておきますと、「受け入れる」とは、「言うことをきく」ではありません。

終局でカルナさんは、このような事を言っています。

「オレとて聖人ではない。憎まれれば憤りを感じる事もある」

カルナさんはあらゆる事をそれもありと受け入れますが、それはそれとして、彼自身の思いもあります。命令に思うことがあれば進言もします。その辺りはしっかりしている人です。

その上で、受け入れている。それは何故か、と考えたいと思います。

 

ここでひとつ気になることがあります。

上のカルナさんの言葉は、謙虚でもなく真実だろうと考えています。その上で、カルナさんはアルジュナさんに対して、憤っていません。

おまえが羨ましい、妬ましい、この憎悪を、とアルジュナさんが言いながらも。むしろ、戦士としての健全な戦いを提案してくれています。

ここから先は推測が多くなりますが、わたしの考えをここに書きます。

アルジュナさんが、英雄としてではなく、「アルジュナ」として行動する事を、感情を抱くことを、カルナさんは望んでいたのではないでしょうか。

体験クエストにて、カルナさんは「オレの目的など小さいものだ」と言いながらも、マスターにアルジュナさんを「導いてやってくれ」と託していきます。その結果が「アルジュナ」としての道を見つけた幕間2だとすると、カルナさんの方にもそのような望みはあったのではないでしょうか。

アルジュナ」として第二の生を生き、「アルジュナ」を誤魔化さなくとも、並び立つ事は出来る。終局のカルナさんはそのような事を語っています。

以上の事から、カルナさんはアルジュナさんを殺したいとは思っていないと考えます。そもそも彼が無用な殺害を望むとは思っていませんが……。テラリンでも宿業を憂うような発言をしていました。

 

そうなると、完全にこの関係性はアルジュナさんの一方通行になっています。それでもカルナさんは応えます。全力を持って、死を覚悟して。

カルナさんはきっと、アルジュナさんが、そうしなければ生きられないと知っていたのではないかと考えています。「全力を持って対等な立場で貴様を殺さなくてはならない」と叫ぶ彼に対して、戦いを放棄することなど、手を抜く事など、戦士としても、きっと兄弟の縁としても出来なかった。

何故なら、それでこの戦いは無意味だとでも言ってしまえば、アルジュナさんは今までの流れでいくと、完全に第二の生を生きる目的を見失います。

対等な立場で勝負をする事こそ、戦士としての誇りを奪い合うからこそ、アルジュナは生きることが出来る。体験クエストはまさにそのような流れでした。

カルナさんは勝負を約束しながら、アルジュナさんを生かしている。だからこそ、そのひとりよがりの勝負をも受け入れている。

こうして書いてみると、カルナさんがどれほど思慮深いか感じる事が出来ます。わたしの推測も多いですが、しかし。

「正しく生きようと願う者がいるかぎり、オレは彼等を庇護し続ける」

5章のカルナさんの言葉です。テラリンにも似たような言葉が出てたと記憶しています。

――正しく生きようと願う者。

正しい英雄で在ろうとするアルジュナさんも、カルナさんにとっては、正しく生きようと願う者なのではないでしょうか。

そして、アルジュナさんと全力で戦い、たとえ殺されたとしても――カルナさんは、それを誇りに思って微笑むのです。

正しき戦士と戦えた事を。それを幸運だと思いながら。

 

何が言いたいのかと言うと。

アルジュナさんもカルナさんも、心から相手の殺害を望んではいない。

そして、アルジュナさんが己の罪を受け入れることが出来たのなら、殺し合う必要はなくなる。

アルジュナさんとカルナさんは、「殺し合う関係性」とは言いきれない。という話です。

 

以上で、記事は終わりです。

この記事でアルジュナさんとカルナさんの関係性が伝わってくれたらなあと思いながら、締めにしたいと思います。

ここまで長い文章をお読みくださり、ありがとうございました。

6月 予兆

仕事が落ち着いてきたので、更新を再開します。

5月に、上司に相談できない苦悩が積もり、6月になっても己を責め続けていました。

 

上司に声をかける、そんな簡単なことが、何故出来ないのかと。何故、声が出ないのかと。

この時の「何故」は、原因を探るための「何故」ではありません。自分自身を傷付けるための「何故」です。「出来ないなんて、最低だ」の「何故」です。

この時期、一度上司に呼び出されていました。「仕事自体はよく出来てるんだけど、勤務態度が良くないね」と言われました。前回も書いた通り、話し掛けられなくて固まっていたのが、サボっているように見えたそうです。

 

そして、6月の後半。朝、出勤してきて、いつも通りに自分のデスクに座ろうとしました。

自分のデスクを見た瞬間、PCを見た瞬間、目眩がしました。吐き気がこみ上げました。慌ててお手洗いに行って、そこからはあまり記憶が無いのですが、自分でかなり混乱していたと記憶しています。

どうして?と自問する余裕もなく、わたしは上司に「気分が悪いので帰ります」と申請しました。上司も、顔色が悪いから休んで、と言ってくださいました。

 

流石にデスクを見て気持ち悪くなったのは異常だと、その日の帰りに考えていました。けれど、精神病かの確信は得れません。偶然精神状態が悪いだけかも、とも思ったりしていました。

 

一応、念の為に言っておくと、ここまで、いわゆるブラック企業のような側面は職場にありません。

定時に出勤し、定時に帰ります。怒鳴られることもなければ、無理強いされることもありません。理不尽もありませんでした。

 

ただ。今思うと、ひとつ、引っ掛かることがあります。

職場は、いわゆる身内ノリが強いところでした。ひとりの意見に全員が賛同しないと、という雰囲気がありました。その中でも、わたしの上司だった人は、基本的に気を遣う良い人でしたけれど。

ひとつ。オタクに対して偏見を抱いている人でした。特に女オタクや腐女子に、嘲る目を向けている人でした。

いつも賑わっている場所だったので、世間話は耐えません。ゲームの話もしていましたが、たまに、腐女子を笑う発言がありました。

わたしのツイッターをご存知の人はよく知っていると思いますが、わたしは腐女子です。女オタクです。

上司に対して、怒りはありません。ただ、この人に自分を見せてはいけない、と、思ってしまいました。きっと嘲笑われるだろうと。小さな世界にその嘲る視線が広まって……と考えると、怖くなりました。実際、自分を抜きにしても、高校生のような上下関係があったところだったので。

 

そういう意味でも、自分をひた隠すのに必死になっていたところはあったな、と今は感じます。そして、それを、「社会人はこういうもの」と誤魔化していました。

自分を隠していて当たり前。自分を見せなくて当たり前。自分を押し込んで当たり前。

家でも会社でも、そうして過ごしていました。当たり前のことなので、愚痴を言うこともありません。

 

……さて、ここからは、実を言うと休職するまで記憶が薄いです。もう病が始まっていたからだと思いますが。8、9、10月はまとめて投稿したいと思います。