服は、自分自身の内面もまとっている
※今回は中の人の写真が3枚あります。ツイッターには載せたことあるものです。
自分で言うのもなんだが、自分は、昔の自分に比べて堂々と人前に立てるようになった自信がある。その中のひとつに、自分が好きな服を着れるようになった、ということがある。これは好母ひおりにとって、かなり大事だと思っている。
昔の自分は、好きな服というものを着たことはなかった。着るように言われた服を着ていた。大学生くらいまではそうだったと思う。
「あんたは、足が短いからスカートが似合わない」と、母親によく言われていた。「だからズボンをはいて、太ってるから、お尻が隠れる服を着なさい」と言われ、ジーンズとだぼっとした服しか着ていなかった。
当時がこんな感じです。
今見ると、結構ださいです。正直ださい。小学二年生とかなら分かるけど、高校三年生が着る服ではなかったなあと思う。でも、お尻が隠れる服を着て、ズボンは履いていた。ミッションはクリアしていた。
変化があったのは大学生のとき。生まれて初めて、同人誌即売会にサークル参加することになったときだった。
当時一番信頼出来るフォロワーの子と一緒に、服を買いに行った。どんな服が良いかと見ていたら、その子はワンピースを選んでくれた。タイトな感じじゃなくて、ひらりとしたスカートだった。
わたしはその時のことをそこまで覚えてないけど、その子曰く、わたしはめちゃくちゃびっくりしてたらしい。
「え!?わたしがスカート履いて良いの!?」
そんなことを言ってたのはなんとなく覚えてる。
毎日ズボンを履いてたけど、スカートに憧れはあった。ひらひらとひらめくスカートがかわいくて、わたしもあんな服を着れたらなあと思っていた。シンデレラが舞踏会に憧れるようなもので、でも自分の目の前に魔法使いは現れないとばかり思っていた。
それが、なんととても身近に魔法使いはいたのであった。でも、最初着るとき、とても怖かった。シンデレラは喜び勇んで舞踏会に行けなかった。
「でも、自分にスカートは似合わないし、笑われたらどうしよう」
そんな不安があった。自分がスカートを履いたら全人類に笑われ、ぜんぜん似合わないと指をさされると、その時は本気で思っていた。聞こえないはずの老若男女の笑い声が頭の裏でこだましていた。
おそるおそる試着して、おそるおそる試着室を出た。見せる相手が信頼出来る魔法使いじゃなかったら、試着すらしないで諦めていただろうと思う。
(試着じゃなくて、魔法使いがわたしの足に合わせてくれたような気もするけど、詳しく覚えてない)
「かわいいよ!」
魔法使いはそう言ってくれた。
似合うよ、かわいいよ、と何回も言ってくれた。その時の喜びは忘れられない。似合わないはずのスカートを履いたわたしは、かわいいらしい。
その後、家族にその姿を見せに行ったら、もちろん笑われた。なんて格好してるの、とけらけら笑われたけど、その横で魔法使いが「そんなことないですけど」と言ってくれて、自信はすぼまずに済んだ。
憧れていた服を着るのに、用意しなくてはいけないのは服だけじゃない。かわいい、似合ってる、という、誰かからの言葉だった。
数年後、また違う魔法使いから、こんなことも言われた。
「髪の毛染めたらかわいいんじゃない?ピンクブラウンとか似合いそう」
好母ひおりはピンクが好きな生き物だった。ピンクブラウンという好きな色が似合いそうと言われて嬉しかったわたしは、喜んで髪の毛を染めた。
ぎこちないピースとぎこちない笑みしか出来なかったわたしは、段々と、少しずつ、好きなものを身にまとうことで表情が柔らかくなっていた。今もまだ若干ぎこちないけど。
写真に映るのが嫌いだった。できればフレームに入りたくなかった。綺麗でもかわいくもない自分が写真を撮られることは、恥ずかしいことだと思っていた。
今、少しずつ、撮られることが記念として嬉しくなっている。
一番最近のわたし。随分と印象が変わったように思える。最初の写真から5年後です。
着たいと思った服は着るに限ると言いたいですが、それを似合うと言ってくれる人がいてこそ、自分に自信が持てるものですよね。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
白いスカートを履くのが昔からの憧れだったけど、叶うものなんだなあ。