次は戦場で会いましょう

かんがえたことを書き記す。

改めて、彼氏さんとのはじめまして③

第1回https://musicbell17.hatenablog.com/entry/2019/07/13/234709
第2回
https://musicbell17.hatenablog.com/entry/2019/07/18/005224


夏風邪を引きました。鼻水ずるずるで記事を書いています。今回で終わる予定なので、もう少しお付き合いください。


ボールペンの王子様にボールペンを授かってから、また1か月後ほど。


「好母さん、ちょっといい?」


仕事中、わたしに声を掛けてきたのは、リーダーさんだった。気さくな雰囲気だけど、何か仕事の用かと思って背筋をのばす。


「はい、何でしょう」
「あのさ、今飲み会の話が出てるんだけど」
「飲み会?」


この会社に来てかなりの月日が経ちましたが、大きなお知らせが来るもの以外、あまり私的に誘われたことはありませんでした。わたし自身お酒が全然飲めなかったのと、男性の方が多い職場だったのが関係していると思います。


特に仕事の区切りもないのにお誘いがあったことに対して、わたしはとても驚いた。それ以上に、リーダーさんも不思議そうな顔をしていたことも不思議だったから。


「本当は客先で3人でやる打ち上げだったんだけど、メンバーが少ないから、こっちに誘いが来たんだよね。指名されたのが僕と好母さん。僕も知らない人がいるけど、行く?」


そうなんだ、と思うと同時に、わたしは内心首を傾げていました。わたしの隣の席には6年目の先輩や、8年目の先輩がいる。先輩達の方が、お酒も飲めるし、客先に慣れてるはずだ。今の時点で仲が良いのって、須田さん(第1回登場)くらいだし。まだ1年未満のわたしが、どうして誘われたんだろう?


「ちなみに、須田さんとかは……?」
「今回はいないみたいだね。僕もちょっと不思議な面子だなと思ったけど」
「な、謎飲み会ですね……」


この時、わたしは行くかどうか少し迷った。仲良くできるか分からない人達がいるなかで、わたしはどう立ち回れば良いのかと。リーダーさんは優しいから、断っても嫌な顔はしないだろう。断る選択は可能だった。
でも、これはチャンスかもしれない、とも思った。その謎飲み会に参加することで、また何かを得られるかもしれない。ここに来るとき、自分は積極的でいようと決めていた。変わらない日常を変えたかったから。
……結果的に、この選択は驚くほど良い方向に結びついてくれたのですが。


謎飲み会では、わたしはリーダーさんの正面に座った。知った顔が前にいるとほっとする。そうして、客先の総務のお姉さんや、知らない課のお兄さんふたりがわいわいと入って、座った。わたしの隣の席が何故かぽっかりと空いている。


「おいおい、主役が遅れてどーすんだよ」


向かいのお兄さんは、ややノリが、いわゆるパーリーピーポーに近かった。親しみやすそうでちょっと安心する。営業とかやってそうな語り口だ。
なるほど、わたしの隣は、席の中心だ。今回の飲み会の主役用に席を空けているということだった。


「すみません、遅くなりました」
「あっ!遅いぞ!」


そうしてやってきたのが、あのボールペンの王子様だった。お兄さんのパーリーピーポーなノリにマイペースに頭を下げている。


「こんばんは、お疲れさまです」
「お、お疲れさまです……」


来るのは事前に知っていたので、隣に座った彼に声をかけると、おずおずと会釈してくれた。賑やかな飲み会が始まっても、隣の彼は大人しい。お兄さんに無茶ぶりされて、マイペースな返答で笑いを誘っていた。
わたしはというと、リーダーさんと話すことが多かった。


「わたしエスカルゴ食べたことないです」
「おっマジで?食え食え、いっぱい食え」


飲み会も中盤、リーダーさんに薦められて人生初のエスカルゴを食べながら、パーリーお兄さんが話題を振る。


「そういえばさあ、好母さんは彼氏いるの?」


おお。とうとうその話題が。
今の時代、きくだけでトラブルになりうるせいか、あまり飲み会できかれたことなかったけど、とうとうその話題が。
若干感動すら覚えながら、わたしは答えました。


「いないです。今まで付き合った人もいなくて……」
「えっそうなの!?好きだった人とかいなかった?」


流石恋愛トーク。お姉さんが目を輝かせて食いついてきた。お兄さんもこっちに注目してる。


「大学のときに、バイトの後輩くんを好きになって、お弁当つくったり一緒にでかけたり、手もつないだんですけど……告白したらふられちゃって……」
「えー!お弁当つくるなんて健気だね〜」
「へえ〜これは良いこと聞いたわ」


お姉さんの反応はともかく、ものすごくニヤニヤし始めたお兄さんは何なんだ。今時そんなに珍しいのかな……。


「でも手繋いだのに振るなんてちょっとひどいね-!」
「そ、そうなんですかね、ふられた時はもう1時間くらい泣きましたけど……大学の時の話なので、さすがに傷は癒えてきました」
「うわ〜なんか久々にそんなピュアな話聞いたわ。(彼氏さんの名前)も今彼女いないんだっけ?」


注目が一気に隣に移る。まあ、と彼は頭をかいた。


「いないですね。こう、自然消滅な感じで……別れちゃいました」
「どのくらい付き合ってたんだっけ?」
「1年半くらい……今半年くらい経ちました」
「へー、じゃあそろそろお前も傷が癒えた頃だよな?」
「まあ、そうですね……」
「そしたら新しい恋を探さないとなあ〜」


彼は気押されるように俯いていた。この後もたくさんのことをお兄さんやお姉さんと話したはずなんだけど、なぜか、その事はくっきりとわたしの頭の中に残っていた。
そっか、いないんだ、と。普段男性のそういう話を聞いても何も思わなかったはずなのに、その時はどうしてか、気になってしまった。不思議な感覚だった。今フリーなのだという情報が、謎に、わたしの心へと深くインプットされた。


その後何事もなく解散し、わたしは帰路についた。控えめで俯きがちな彼のことは、その後「飲み会楽しかったな」のひとくくりで半分くらい忘れ去られた。
翌日。


『盛り上ったので、第2打ち上げをしたいと思います』


届いたお誘いメールに目が点になった。なんじゃそりゃ。
どうやら、前の謎飲み会のときに二次会がなかったので、別日にすることになったらしい。謎理由。初めて聞いた、そんな話。
メンバーはわたしとパーリーお兄さんと総務お姉さんと、俯きがちな彼だった。特に行かない理由もなかったので、スケジュールを打ち込む。なんだかもうよく分からないけど、こうなったら行ってみようと思う。


こうして、謎飲み会の後に謎二次会が始まってしまった。
そしてその最中。


「もうすぐ長期休暇だけど、好母さんどっか行くの?」
「あ、はい。ちょっと気になってた舞台があって」
「舞台とか好きなんだ?」
「そうですね!コンサートとかも気になるんですけど、まだ行ったことなくて」


会話はやっぱりお兄さんとお姉さんが中心になっていて、基本的に彼は聞き役に徹している。というよりお兄さんとお姉さんが話が上手で、楽に話せるようにしてくれてるのが大きかったと思う。


「行ってみたいとは思うんですけど、席代とか高くて難しくて……」
「あ……僕が行ってる楽団のコンサート、年齢制限ありますけど、すごく安く行けますよ」


するりと入り込んできた。けれどその事実より、わたしは話の内容に惹かれていた。


「えっ、そうなんですか!?行きたいです!今度いつやりますかね、場所とかどこだろう……」
「……」


ずっと俯きがちだった彼の顔が、少し上がった。おずおずとわたしの顔色をうかがうように、反応を確かめるように、どこか注意深く。


「今度、一緒に行きますか?」
「良いんですか?ぜひお願いします!」


このとき、具体的に言うとこの少し後に、少しだけあれっと思った。一緒に行きますかという誘いに対して、お兄さんもお姉さんも、何も言ってこなかったのだ。
特にお兄さんなんかは、こういうことを言ったら、「おいおい何だよ〜」とか茶化してきそうな雰囲気があったのに。でもそこまで気にしてる余裕もあまりなかった。詳しい人と行けるなんて助かるなあくらいにしか、思っていなかった。


「ごめんね、私用事があるから先に帰るね。今会計してるから待っててあげて」
「はい!今日はありがとうございました」


楽しい時間の終わり際、なんとお兄さんとお姉さんは先に用事があると言って帰ってしまった。レジでは、彼が今日のぶんのお金を払っている。何故か好母さんの分はいいよと言われ、今日の謎二次会費はただになってしまっていた。珍しい。


「お待たせしました」


ぱたぱたと彼が駆けてくる。帰りましょうかと言おうとして、はっとした。


「あ!わたし連絡先教えてもらってないです!集合時間とかまた話さないと」
「あ、れ、連絡先……そうですね」


彼もわたしも思い出したようにスマホを取り出した。


「LINEってどうやって交換するんでしたっけ?」
「どうだっけ、あんまり分からなくて……」
「あっこのQRコードで出来るはずです!」
「えっとこれを読み取れば良いのかな」
「あ、わたしが読み取るので表示してもらって」
「あれ?戻れない」
「そしたらわたしが表示するので」
「あっ戻った」
「あ、表示しちゃった……す、進まない……ふふ」


多分QRコードで連絡先を交換するまで、アンガー○ズのコントのようなやりとりを5分くらいしていました。あちらが立てばこちらが立たずとは正にこのこと。


「ど、同時に友達申請したから確認が来ない……」
「ふふ、っくくく」
「ふふ、どうしましょう、これ」


後半になってくると段々この噛みあわなさがおかしくなってきて、お互い笑いながらLINEに四苦八苦していました。
でもこの時、ふしぎと、わたしの中にひとつの思いがゆっくりと芽生えたのです。


(この人、イライラしてない)


普通ここまでスムーズに進まないとなると、気が短い人ならとっくにイライラして、良いから貸してとか早くとか急かしていたと思います(わたしはしていませんでしたが、人が人ならそう思うくらいはすさまじく進みが遅かったです)。
でも彼は、笑ってこの時間を楽しんでるくらいに見える。進まないことにイライラしてるんじゃなくて、進まないことを面白がってる。わたしも、進まないのは困るけど、このちぐはぐさにおかしさを感じてしまって、面白がっていた。


そこでふと、自分でもよく分かりませんが、何か特別なものか、大切なものの欠片のような何かが、心の中にころんと落ちてきたように感じた。
それは今思えば、「この人なら信頼できる」という確信めいたことだったのかもしれません。この時わたしは初めて、「あ、この人いいな」とはっきり言葉にできるレベルで彼の良さを感じられた。


高いプレゼントも、良い学歴も、イケメンな顔も必要ないし、関係ない。わたしにとって大事だったのはきっと、「無駄を愛せられるかどうか」だった。
無意味でも、無価値でもなくて、無駄を愛することが大事だった。無駄を愛せるということは、懐が広くて、空白のぶん暖かい心を持っているということだと思っているから。


その日から毎日、今日に至るまで、わたしは彼とLINEのやりとりをしています。
そんなめんどくさいことをと思われるかもしれませんが、これが不思議なもので、何故か彼となら続いているのです。友人とは連絡事項くらいで済ますわたしが。
それはきっと、どんなに小さな話題でも、笑ってくれたり、良いねと言ってくれる人だと知っているから。彼が無駄を愛せる人だと知っているからなのでしょう。
好きという気持ちも、一種の「無駄」ですからね。彼はわたしのことを好きだという気持ちを、愛している。だからわたしは安心して、傍にいられるのだと思います。


こうしてわたしと彼の人生は、交差し、始まり、今に至るのでした。

 


ここまで読んでいただきありがとうございます。
後日、謎飲み会と謎二次会は、彼氏さんがわたしのことを気になっていると知ったお兄さん達による、彼氏さんがわたしの彼氏の有無と連絡先をきくためだけに開かれたものだと知り、漫画か!?とツッコみました。が、それはまた別の話です。