次は戦場で会いましょう

かんがえたことを書き記す。

選択は、妥協より希望

机の上やクローゼットにあった物が空になると、いよいよ引っ越しが近づいていることを実感する。大きな足音がすぐそこまで来ている実感が、じわじわと波となって押し寄せてくる。

 

寂しさがないかといったら、ないとは言い切れない。もちろん、今まで住んでいた家から離れるのだから、全部が全部今まで通りなんて訳にはいかないし。何より一緒に住む人が変わるのだから、そこの不安もある。

 

今まで他人だった者同士が、住まいを共にする。つくづく、不思議なことだと思う。成長でも、強制でもない。ただ、そうなりたいと思ったからそうしたというだけだ。ご飯も歯磨きもテレビ鑑賞も、今からずっと離れない場所に彼がいる。

 

先日と今日、彼から訊かれた。

「ほんとに一緒に住むのが僕で良かった?」

何気ない日常会話の隙間に滑り込んできたそれは、気軽なようでしっかりとした重みがある。彼がどんな気持ちで訊いてきたのかは、正直分からない。1回は顔を見ていないときに言われたし、1回はLINEで言われたものだから。

なので、正直な気持ちを返すことにした。

「彼氏さんが良いです」

間違いなく、妥協ではなく希望だった。わたしはやろうと思えば、友達とルームシェアをする計画もあったし、独り暮らしをすることだって出来た(独り暮らしは勇気がなかっただけな気もするけど)。今の時代、別に人と付き合っても付き合わなくても自由なのだから。

人から良く思われたくて彼と住むんじゃない。もっと言うと、わたしは今の家から逃げたくて彼と暮らすことを決めたんじゃない。彼と暮らしたくて彼と暮らすことを決めたのだ。

一緒にいるとトラブルが起こっても楽しくて、自分のことを大切にしてくれる人だから、そうしたいと願った。他の誰かじゃ務まらない。今の自分の心は間違いなく、彼だけを指名している。他の誰かは選択肢にすらないのだ。

 

これは、本当に不思議だ。何年もつきあいのある友人は、何人かいるのに。友人達のことは好きだというのに。一緒にホテルに泊まった時だって、すごく楽しかったのに。ルームシェアの話だって出ていたし、そうするかとすら思っていたのに。

一緒に暮らすとなったとき、くっきりと現実味を帯びた想像が出来て、これを夢物語で終わらせたくないと願ったのは、ただひとりしかいなかった。

「パートナー」とは、こんなにも直感的に、こんなにもしっかりと意識がある状態で選ぶことが出来るらしい。驚いた。

 

この選択が正しいかは未来の自分にしか分からないけれど、とりあえず今はこの直感をひたすら信じてみようと思います。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

着実にライフステージが次へと進んでる感覚が、時間の経過に連れて身に染みる今日この頃です。